生成メイドは靡かない

制作者: フユめん ラノベ風
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員

概要

第1話 生成メイドは靡かない
フユめん
2025年11月15日 15:49
「妄想がそのまま出てきたらいいのに!」というのは、人間誰しも夢に見たこと。理想の友達、理想の恋人、理想の家、理想の暮らし。
 人の欲望というのは、悟りを開きでもしない限りは、決して尽きぬ物であるが、その欲望を実現するために、人類は日々研究を続けているのである。

 近未来。人が持つ妄想を、AIによって形にする技術が開発された。文章生成に始まり、画像生成や動画生成を経て、ついには実物を生み出すまでに至った、という訳である。
 ……のであるが、AI生成にランダム性は付き物で、真の意味での『妄想そのまんま』という訳にはいかなかったのである
 最も顕著だったのが、ボーイ(下男)やメイド(下女)に関する妄想である。
 現代において、様々コンテンツにおけるボーイ&メイドと言えば、主人に絶対服従であったり、時にイジメてきたりと、まあ『ソッチ』のコンテンツに登場させるには、これほど都合の良い存在は居ないと言っていい。
 しかしながら、現実では、単なる家政婦や使用人であるので、主人への忠義心など、無いのが当たり前である。彼らが熱心に働いていたのは、お給金のためであるから、主家への忠義心や、奉仕精神を望む方がおかしいとさえ言っていい。
 無論、主人に忠義を尽くした使用人が居ないとは言えないが、AI生成というのは総じて、最大公約数に寄るものであるので、歴史に積み上げられたボーイ&メイドの資料からすると、妄想から生まれた彼らは、もえもえキュンキュンなイメージとはほど遠い存在になるのは、当然の帰結であった。
「次の仕事は、何をすればよろしいでしょうか」
 素っ気ない態度で、表情筋を固めたまま語るこのメイドも、主人の妄想から生まれた存在である。
 そのメイドは名を、アイシャと呼ばれていた。妄想の元となったゲームキャラクターと、同じ名前が付けられていた。
 金髪碧眼、長い金髪は流麗に編み込まれ、雪のように白い肌に、切れ長で二重の青い瞳。
 胸は控えめ。清楚メイドと言えば、貧乳でなくてはならないと、主人の辞書には刻まれている。しかし尻は大きい。むっちりと丸く、スカートの布越しでも、その肉感が伝わってくる。主人の理屈だと、尻が大きくても清楚は勤まるとの事である。
 それでいて、尻以外はどこも細身。華奢と言ってよいほどだ。その細さが、尻の大きさを強調して、尻だけで男性の欲情を煽る。
 着用しているメイド服は、メイド喫茶で使われるような、ミニスカートで太ももを晒すような物ではなく、本物のメイド服らしい、長い袖に長いスカートの露出が少ない服装。
 可愛らしさよりも、仕事着としての実用性に富んだ服であり、かつ、清楚な雰囲気を強調するデザイン。
 そんな、露出を控えたメイド服であるのに、そんな服装でも分かる、線の細さと尻の大きさは、むしろエロティックに見えると言える。肌は露出しない方が、妄想はより広がるのだ。
 性格はクールだが、いざ行為に及ぶと、語尾にハートマークを付けて、愛の言葉を叫び、もっともっとと求めてくる。クールな女というのは、そういう属性を持っているのが、いわゆる『お約束』というやつだ。
 ……というのが、ご主人様の妄想であり、生成機に入力したプロンプトだ。妄想通りに、容姿は完璧と言ってよい。性格もまあ、クールと言えばクール……無感情と言った方が、正しい気はするが。 
 設定だけなら、今にもAVやエロゲーが始まりそうな妄想から生まれたのに、その行動は、ただ仕事をして、生成機ポッドの中でエネルギーを充電して、夜になったら寝るというだけ。
 本来なら、寝る必要はない身体のはずだが、その辺はどうも、現実のメイドの影響からか、ベッドに入るという行動が必要だと判断されたのか、夜になれば勝手に横になるのだ。
 ただし、ベッドの上において、妄想通りの反応を示すかというのは、その場面になっていないので分からない。
 これで、夜はご主人様の寝室へ、夜伽のためにやってくる。という行動をしてくれれば、まさにパーフェクトなのだが、そんなこともなく、夜遅くになると挨拶をして、自分の部屋に入って行く。
 その思考には、玉の輿の乗るだとか、ご主人様とのロマンスだとか、そういう欲望はまるで無いように見える。現実の『メイド』という職業が、そういう物なのだから、彼女の心象がそうなるのも無理からぬ事だろう。
(はぁ……せっかく美少女メイドと一つ屋根の下なのに、まるで釣れないなぁ)
 がっくりと肩を落とすのは、あのメイドを生み出した妄想の主、要するにご主人様である。主人らしい威厳はまるでないが。
 近頃は、人間サイズの物を作れる生成機も、お手頃……とまではいかないが、ちょっと頑張れば手に入る程度の値段になり、彼のような、パッとしない人間でも、手が届くようになったのである。
 生身の美女は、パッとしてる人の所に行く。だから、彼のような人間が美女と一緒になろうとしたら、こういう機械に手を出さなきゃならない訳だ。
(そもそも、メイドが流行した頃、ご主人様のお手付きになるメイドが、たくさん居たって話なのになぁ)
 メイドが流行したのは、18世紀のアメリカからであった。当時のアメリカは、独立戦争の戦費を工面するために、男性使用人に税が課された。
 しかし、女性の使用人は課税対象外だったので、女性の使用人に対する需要が高まったのだ。
 使用人にするのならば、力仕事を任せる事ができ、万が一の時の用心棒にもなる男の方が良いに決まっている。………コストが同じであるのならば。
 税のかかる男性使用人は、あれよあれよと贅沢品となっていき、税のかからぬメイドは爆発的に増えていった。
 しかし、女が一つ屋根の下に暮らしていたら、変な気を起こす主人は当然居る。特に、中年以上となると、己とともに老いた妻より、若くてピチピチのメイドに、目を惹かれる物である。男とは、そういう生き物だ。
 そういう訳で、メイドに手を出す主人は少なくなかった。ちょっとした社会問題になったほどに、メイドとご主人様のイケナイ関係は、よくある事だった。
(でも……それがスタンダードなわけ無いよなぁ………)
 しかし、妻を差し置いて、メイドに手を出すなど、当時としても不貞行為であるから、当然、世にはばかる行いであり、普通は自制するものだ。
 きっとこのメイド『アイシャ』は、そういうデータを強く反映した結果、こうして事務的なキャラクターになってしまったのだろう。
 どうせ生成物なのだから、作り直せばいいのではないか?と思うかも知れない。
 確かに、AIによる生成物だから、そもそも生物ではないし、生成機に入ってもらって、再生成を実行すれば、新しいキャラクターとして生まれ変わる事も出来るし、そこまでは行かないまでも、髪型や服装を変える事も出来る。
 しかし、である。それは言っても、人間の形をしたものを、そう易々と処分出来るか?と聞かれたら、それは心情的に難しい。
 それに、容姿としては、これ以上無いほどに理想的だし、メイド業務はもう、これ以上無いほどに上手なのである。
 性欲処理のために作ったのに、家事が優秀すぎて捨てられないというのなら、甚だ本末転倒な気がするが、便利なのだから仕方が無い。
(だとしたら、どうしようかなぁ。ムード作りでも試してみようか?)
 どうせ人ではないし、無理矢理襲ってしまえという考えが、浮かばないでもないが、家事の一切を任せていくらか経つし、それなりに愛着はある。
 穴が欲しいだけなら、最初から穴だけ作れば良かったし、実際に穴だけ生成して遊んでいる者もいるのだから、わざわざメイドを生成したのだから、『ご奉仕』をしてもらいたい所だ。
「アイシャ」
「はい、何でしょう?」
 掃除をしていたメイドのアイシャに、後ろから声をかける。アイシャは、放っておくと、いつまでも仕事をしている。
 だから、この家はいつもピカピカ、整理整頓されているのだが、こちらから話しかけないと、あまり反応してくれない。まあ、主従とは、そもそもそういう物ではあるのだが。
「今日のディナーは、ムードのある感じにしてくれないか?」
「ムード……ですか?承知しました」
 あまりにも曖昧な、無茶振りであるのだが、なにしろアイシャのメイド力は超一流である。説明がどんなにざっくりとしていても、大体なんとかしてくれるのだ。
「それと、酒も用意しておいてくれ」
 無感情な女でも、酔わせれば冷徹な仮面を脱ぐのではないか。そんな、楽観的過ぎる計算が頭にあった。
「かしこまりました」
 アイシャは、これ以上無いほど従順である。だったらさっさと『一発ヤらせろ』と命じてしまえば、済むんじゃないかと思う所も、無いではない。
 けれど、主人の命令は絶対、というのでは芸がない。主人に忠誠心を抱き、自分から主人を求め、従うメイドが、主人の望みなのだ。
 せめて、秘めたる恋心が見え隠れするくらいには、色っぽい顔になってほしい。その一心で、ムード作りを頼んだ。

 その夜、テーブルの上には、キャンドルが揺らめいていた。
 まるで、銀座の高級レストランのように、上等なシーツに覆われたテーブル。その中央には、燭台に蝋燭の灯が、ゆらゆらと踊っていた。
 そのキャンドルの周りには、彩り鮮やかな料理の数々が並んでおり、どれも見るだけで食欲をそそるような仕上がりになっている。
 白い皿の余白を活かした、料理の盛り付け方。そこに加えて、美味そうな匂いが、食欲を刺激する。思わず生唾を飲み込んでしまうほどの料理である。
 一口食べれば、なんと美味たる事か。舌を刺激する旨味、鼻腔を抜ける芳醇な匂い。口いっぱいに、幸福な味わいが広がっていく。
「……美味い」
 自然と、そう呟いてしまう。そのくらいに、素晴らしいディナーである。こんなに美味しい食事を食べたのは、一体いつぶりであろうか。
「お気に召していただけたようで、幸いでございます」
 非の打ちどころがない夕餉に舌鼓を打つと、主人はワイングラスを傾ける。
 そのワインも、非常に良い。この家に、何万円もする高級ワインを買う金など、到底あるはずも無いから、お値打ちで美味い銘柄を選んでくれたのだろう。
 そして、料理にとても合う。きっと、アイシャはそれも計算づくで選んでくれたに違いない。
 まこと、非の打ち所のない、完璧なディナーだ。………アイシャが席に着かず、横に控えていることを除けば。
(そうだよなぁ……メイドの仕事はそうだよなぁ……)
 少し考えれば、事前に分かった事である。ディナーの際に、酒が用意されているのなら、酌をするために立っているのは当然ではないか。
 そもそも、アイシャは食事の必要が無いのである。食べる必要が無いのなら、当然、酒だって飲む必要が無い。
 そんなことは分かり切っていたはずなのに、酒を飲ませて、メイドを口説こうとした自分のなんと浅はかな事か。
「ご主人様、いかがでしょうか?」
 相変わらず無表情で、アイシャは尋ねてくる。彼女は何も悪くない。むしろ、完璧な仕事ぶりを披露してくれた。何も悪くない。
「あ……ああ、最高だよ」
 その日のワインは、ほんのりと涙の味がした。
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