最初の物語

制作者: レュー 文芸
第1話 全てはここから
投稿者: レュー
夜明け前、世界はまだ息を潜めていた。
霧のような白い気配が丘を覆い、森の奥で鳥が一声だけ鳴いた。
その瞬間、空気がわずかに震えた。まるで、何かが「始まる」合図のように。

丘の上には、一冊の古びた本が置かれていた。
誰の手にも触れられていないのに、ページが一枚、静かにめくれた。
中には、まだ何も書かれていない白紙が延々と続いている。
だが、その白の底で――黒い文字がひとつ、ゆっくりと浮かび上がった。

「ここからすべてが始まる」

それを見た少女は、思わず息をのんだ。
彼女の名はリリア。村の図書館で働く、ただの娘だった。
けれどこの本だけは、ずっと「開いてはいけない」と言われていた。
なぜなら、開いた者は物語の中に消える――そう伝えられていたからだ。

風が吹いた。
ページが、もう一度めくれた。
そしてその白紙の上に、黒いインクのような影がにじみ――形を成した。

それは、ひとりの少年の姿だった。
彼は本の中からこちらを見上げ、静かに口を開いた。

「やっと、見つけた。」

リリアの手から本が滑り落ちた。
ページがばらばらに舞い上がり、文字が夜明けの風に散っていく。
その瞬間、世界の色が――変わった。

――そして、彼女はもう二度と現実には戻らなかった。
第2話 色づく世界
投稿者: レュー
目が覚めた時、リリアは草の上にいた。しかし、それは彼女の知っている緑ではなかった。空は淡い薔薇色に染まり、地面から生える草は一本一本が硝子のように透き通って、風が吹くたびに涼やかな音を立てた。森の木々はインクを垂らしたように黒く、葉の代わりに小さな銀の鈴を無数につけていた。

「ここは…?」

呆然と呟くリリアの前に、いつの間にかあの少年が立っていた。本の中から現れた時と寸分違わぬ姿で、静かに彼女を見つめている。

「君が望んだ世界だ。いや、これから君が紡いでいく物語の世界だ。」

「私が…紡ぐ?」

「そうさ。あの本は始まりの白紙。最初の言葉は僕が書いた。でも、二番目のインクを垂らすのは君の役目だ。」

少年はそう言って、リリアの足元を指さした。そこには、彼女の影がなかった。代わりに、黒いインクの染みのようなものがゆらゆらと揺れている。それはまるで、何かを待っているかのようだった。

「さあ、最初の物語を始めよう。君が歩けば道になり、君が言葉を発すれば風が生まれる。この世界で君は、ただの図書館の娘じゃない。」

少年は優しく、しかし有無を言わさぬ力強さで言った。

「君は、創造主だ。」

リリアはごくりと喉を鳴らし、震える足で一歩、前へ踏み出した。
その瞬間、足元のインクの染みが淡い光を放ち、目の前に見たこともない花がひとつ、ゆっくりと咲いた。
第3話 最初の冒険者
「で、これからどうすんの?」
リリアは周囲を見回しながら、あっけらかんと尋ねた。

少年は一瞬、目を丸くした。
もっと戸惑うかと思っていたらしい。
「え……あの、君、落ち着いてるね」
「だって、もう来ちゃったし」
リリアはあっさり肩をすくめた。

物語の中に引き込まれた――なんて、最初は怖かった。
けれど、よく考えたら図書館で毎日本に囲まれてた自分にとって、
これはむしろ「夢みたい」な話だったのだ。

「じゃあ、案内してよ。この世界のこと」
「あ、うん……そうだね」

少年は苦笑しながら、宙に指を走らせた。
すると、文字がさらさらと流れて道を作った。
白い空間に、黒い文字の道。
ちょっとモダンアートっぽくて、悪くない。

「この世界には、まだ物語が足りないんだ」
少年が歩きながら言った。
「だから君に手伝ってほしい。一緒に、物語を完成させてほしい」

「つまり……冒険するってこと?」
「まあ、そうかな」

リリアの顔がぱっと明るくなった。
「じゃあ私、主人公ってことじゃん!」
「え、まあ……そうとも言える」
「やったー!ずっと本読む側だったから、憧れてたんだよね」

少年は思わず笑った。
こんなに前向きな「読み手」は初めてだった。

「最初の冒険者、リリア。よろしく」
少年は手を差し出した。
「あ、君の名前は?」
「まだない。物語が進めば、きっと見つかる」

二人は文字の道を歩き始めた。
白い世界の果てに、小さな光が見えていた。
きっと、そこから新しい物語が始まるのだろう。

「ねえ、この冒険って危なくない?」
ふと、リリアが聞いた。
「うーん……わからない。まだ書かれてないから」
「へえ。じゃあ私たちが書くんだね」
「そういうこと」

リリアはにっこり笑った。
怖いより、わくわくする。
だって、これから始まる物語は――
まだ誰も読んだことのない、「最初の物語」なのだから。

「行こう、名前のない少年」
「うん、最初の冒険者」

二人の足音が、文字の上で小さく響いた。
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