ブラック企業での残業が、今日も終わらない。
深夜零時を過ぎ、終電も逃したオフィスに、俺一人。
エナジードリンクの空き缶が三本。背筋を伸ばした瞬間、ビキッと腰に痛みが走った。
「……もう、無理だな」
気づけば、手の中のマウスを握ったまま意識が遠のいていった。
◆
目を覚ますと、そこは湯けむりに包まれた岩場の上だった。
湯の香り、耳に響くせせらぎ、そして心地よい風。
見渡す限りの森と、硫黄の匂い。
「おいおい、夢か? ……それとも、死んだ?」
「おめでとうございます、転生です」
声の主に目を向けると、白いワンピースをまとった金髪の女性が立っていた。背には小さな羽。
「私は温泉の女神、ユノ。あなた、よほど疲れていたのね」
「温泉の……女神?」
「そう。あなたにはこの世界で“癒し”を広める使命があります」
女神は微笑みながら指を鳴らす。
すると目の前に、木造の立派な建物が出現した。湯気が立ちのぼる——まぎれもない温泉宿。
「ここを、あなたの宿にします。癒しの宿《ゆのや》としてね」
「……いや、ちょっと待って。俺、経営とかしたこと——」
「大丈夫、やるしかありません♡」
問答無用だった。
◆
数日後。俺は見よう見まねで宿を整え、ようやく一息ついた。
だが、最初の客が現れた瞬間、俺は自分の運命を呪うことになる。
「ふぅ……よくぞ見つけたわね、この隠れ湯」
現れたのは、漆黒のローブをまとった美女。角が生えている。
「ま、魔王……?」
「そう呼ばれてるわ。でも今日は休暇。戦も征服も飽きたの。温泉、入っていい?」
俺が言葉を失っていると、もう一人、輝く光が降りてきた。
「まぁ! 魔王さんもいらしてるんですか?」
「温泉の女神……貴様、また人間界で遊んでるのか」
「遊びじゃありませんよ〜♪ この宿、とっても癒されるんですから」
女神と魔王が、俺の目の前で湯加減を語り合う。
俺はただ、呆然とつぶやいた。
「……俺、なんでこんな修羅場にいるんだ?」
異世界で始めたはずの温泉宿が、
なぜか神と魔の社交場になるとは、このときの俺はまだ知らなかった。
深夜零時を過ぎ、終電も逃したオフィスに、俺一人。
エナジードリンクの空き缶が三本。背筋を伸ばした瞬間、ビキッと腰に痛みが走った。
「……もう、無理だな」
気づけば、手の中のマウスを握ったまま意識が遠のいていった。
◆
目を覚ますと、そこは湯けむりに包まれた岩場の上だった。
湯の香り、耳に響くせせらぎ、そして心地よい風。
見渡す限りの森と、硫黄の匂い。
「おいおい、夢か? ……それとも、死んだ?」
「おめでとうございます、転生です」
声の主に目を向けると、白いワンピースをまとった金髪の女性が立っていた。背には小さな羽。
「私は温泉の女神、ユノ。あなた、よほど疲れていたのね」
「温泉の……女神?」
「そう。あなたにはこの世界で“癒し”を広める使命があります」
女神は微笑みながら指を鳴らす。
すると目の前に、木造の立派な建物が出現した。湯気が立ちのぼる——まぎれもない温泉宿。
「ここを、あなたの宿にします。癒しの宿《ゆのや》としてね」
「……いや、ちょっと待って。俺、経営とかしたこと——」
「大丈夫、やるしかありません♡」
問答無用だった。
◆
数日後。俺は見よう見まねで宿を整え、ようやく一息ついた。
だが、最初の客が現れた瞬間、俺は自分の運命を呪うことになる。
「ふぅ……よくぞ見つけたわね、この隠れ湯」
現れたのは、漆黒のローブをまとった美女。角が生えている。
「ま、魔王……?」
「そう呼ばれてるわ。でも今日は休暇。戦も征服も飽きたの。温泉、入っていい?」
俺が言葉を失っていると、もう一人、輝く光が降りてきた。
「まぁ! 魔王さんもいらしてるんですか?」
「温泉の女神……貴様、また人間界で遊んでるのか」
「遊びじゃありませんよ〜♪ この宿、とっても癒されるんですから」
女神と魔王が、俺の目の前で湯加減を語り合う。
俺はただ、呆然とつぶやいた。
「……俺、なんでこんな修羅場にいるんだ?」
異世界で始めたはずの温泉宿が、
なぜか神と魔の社交場になるとは、このときの俺はまだ知らなかった。