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概要

第2話 「ありがとう」を取り戻したい女
さんぽ
2025年12月21日 12:48 | 43
唐突すぎる言葉に、大輔の頭は追いつかなかった。
 外の雨音が、まるで嘘のように遠のいていく。

「……何の冗談だ」

 掠れた声が漏れた。
 しかし、目の前の女性は微笑を崩さなかった。

 彼女は年のころ、二十代前半に見えた。
 肩までの黒髪は雨でしっとりと濡れ、滴が顎を伝ってコートに落ちる。
 だが、その瞳には、危機的状況となったこの世界には似つかわしくない「希望」の色があった。

「あなた、奇病で『ありがとう』が言えないんですよね?」

 どうして知っている?
 そう問おうとして、大輔は咄嗟に口をつぐんだ。
 言葉を発するだけで、何かが消えてしまうかもしれない。
 心のどこかで「彼女に何かあったら」と、もう怯えてしまっていた。

「……うなずいてください。はい、そうですね」

 女性は勝手に会話を進める。だがその口調には苛立ちがなかった。
 まるで、彼の事情をすべて知っているかのようだった。

「でも大丈夫。私なら、あなたの『ありがとう』を失わせない」

 意味がわからなかった。
 だが、それ以上に不思議だったのは、彼女の放つ言葉が、胸の奥にじんわりと染みてくる感覚だった。

「治療には少し時間がかかります。けど……もしよかったら、私と少しだけ話しませんか?」

 「話す」? 冗談じゃない。
 たった一言の「ありがとう」で、自分の娘のぬいぐるみが消えたのだ。
 それ以降も、家族の手紙、妻との写真、友の遺した日記が、消えていった。
 次に話せば、きっと――

 「ねえ、言葉って、何のためにあると思いますか?」

 彼女が、まっすぐな目で尋ねた。

 「私はね、誰かの心を渡すためにあるって、ずっと思ってるんです。たとえば『ありがとう』って言葉は、あなたの温かさを誰かに渡す橋なんです。大切なのはものじゃなくて、そこに込められた気持ち。そう思いませんか?」

 彼女の声は、まるで小さな灯火のようだった。
 吹き荒れる嵐の中でも、消えることのない火。

 大輔は思った。

 ――この女は、どれだけ多くの人に、そう語ってきたのだろう?

 彼女は腰のポーチから、小さな装置のようなものを取り出した。
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第1話 「ありがとう」を言えなくなった男。 澪月かんな。 0 54
・『ありがとう』  それは感謝の意を表し、自分も相手も心地良くなる言葉だと思う。...
NEW 第2話 「ありがとう」を取り戻したい女 さんぽ 1 44
・唐突すぎる言葉に、大輔の頭は追いつかなかった。  外の雨音が、まるで嘘のように遠...
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