朝霧 遥の湯けむり事件簿

制作者: あさり ラノベ風
第1話 犯人はわたし?
投稿者: あさり
「犯人はお前だ!」

私(朝霧 遥あさぎり はるか)を含めこの温泉宿に泊まっていた客が全員集められて、中津川刑事が放った一言。

中津川刑事の人差し指はばっちり私に向けられていたが、私は左右をキョロキョロと確認し、自分の人差し指を自分に向けて、首を少しかしげ、わたし?という表情をした。
あ、こんなシーン漫画とかでありそうだな、と思ったが笑い事ではない。

──だって私じゃないもん

昨晩、この宿に泊まっていた客が死んでいた(らしい)
中年の男性で、どうやら殺人(らしい)

朝方、警察の人達が来て騒がしくなっていて、人づてに聞いた話はこれだけで、それ以上のことはなにも知らない。

え?なにこれ?冤罪ってやつ?容疑者になるってやつ?

私は慌てて首を大きく左右に振って、「違います違います」と言った。
首を振りながら、あ、なんか嘘くさい動作だな、と思った。

険しい顔をした中津川刑事がゆっくりと私に向かって近づいてくる。

「わかってる。全部分かってるんだ」

物知り顔で彼はそう言った。
第2話 私じゃないよ?
投稿者: あさり
「わかってる。全部分かってるんだ」

何が、何がわかってるって言うんですか!? 刑事さんは私の目の前でぴた、と止まった。うわ、近い。圧がすごい。なんか目が据わってる。こわい。

「とぼけても無駄だ。朝霧遥さん」

名前まで知ってる。そりゃそうか、宿帳に書いてあるもんね。 私はゴクリと唾を飲んだ。

「これを見ても、しらばっくれるつもりか?」

中津川刑事がジャケットの内ポケットから取り出したのは、透明なビニールの袋だった。その中に入っていたのは……。

え?

見覚えがある。いや、見覚えがあるどころじゃない。 それ、私が昨日使ってたハンカチだ。水色で、端っこにウサギの刺繍が入ってるやつ。 なんでそれがそんなところに?

「こ、これ、私のです。確かに私のですけど……なんで刑事さんが持ってるんですか?」 「被害者の部屋で発見された」 「え?」 「もっと詳しく言おう。被害者が、これを強く握りしめて死んでいたんだ」

「ええええええ!?」

私は今日一番、いや、人生で一番かもしれないくらい大きな声を出した。
私ってこんな大きな声出るんだ、ってちょっと思った。

周りにいた他のお客さんたちが、さっきよりももっとヒソヒソしてる。「やっぱりあの若い子が……」「まさか、あんな可愛い顔して……」みたいな声が聞こえてくる。

え?誰か可愛いって言った?
第3話 私のアリバイ?
「おい!どこを見とる!」

はっ、可愛いという言葉に反応してしまった。それどころじゃない!

「ちょ、ちょっと待ってください!」

私は慌てて両手を前に出した。待て、のポーズ。

「確かにそれは私のハンカチです。でも、でもですね!私、被害者の方に会ったことすらないんです!」

「ほう」中津川警部が腕を組んだ。「では、そのハンカチがなぜ被害者の手に?」

「それが私にもわからないんですよ!昨日の夕方くらいまでは確かに持ってたんですけど、その後、どっかで落としちゃったみたいで……」

我ながら苦しい言い訳だと思った。これ、ドラマとかだったら絶対に怪しまれるやつだ。

「落とした?」刑事さんの眉が片方だけピクッと上がった。

「はい……お風呂に入る前に脱衣所で……あ!」

私は何かを思い出した。

「そうだ!お風呂から上がったら、ハンカチがなくなってたんです!誰かが持って行っちゃったんですよ、きっと!」

「つまり君のハンカチを盗んだ誰かが、それを使って殺人を……?」

「そうです!そうに違いありません!私に罪をなすりつけるためにですよっ!」

私は力強く頷いた。完璧な推理じゃない?

「ふむ」

中津川刑事が何か言おうとしたその時、

「ちょっと待ちなさい!」

凛とした声が響いた。

え?誰?

振り向くと、そこには70歳くらいのおばあちゃんが立っていた。着物姿で、背筋がピンと伸びている。なんか貫禄がすごい。

「その子は犯人じゃないわよ」

おばあちゃんはそう言い切った。

「あなたは?」中津川警部が怪訝な顔をする。

「私は桐谷梅子。この宿の常連よ。もう50年も通ってるの」

50年!?私よりずっと長い!

「それで、なぜこの女性が犯人ではないと?」

「だって、この子、昨日の夜9時から11時まで、ずっと私と一緒にいたもの」

え?

えええええ?

私、そんな記憶ないんですけど!?
第4話 えっと、その……誰?
投稿者: あさり
「え?」
私は思わず声が出た。

「え?」って、もう今日何回言っただろう。でも仕方ない。だって私、このおばあちゃんと昨日の夜一緒にいた記憶が全くないんですけど!?

「桐谷さん、それは本当ですか?」
中津川警部が身を乗り出した。私も同じくらい身を乗り出したい気分だった。

「ええ、本当よ。この子ね、昨日の夜、露天風呂の近くでボーッと月を見てたのよ。それで私が声をかけて、それから大広間でずっとおしゃべりしてたの」

露天風呂……大広間……?

私の脳みそが必死に昨日の記憶を探っている。お風呂入った。ご飯食べた。部屋に戻って……あれ?その後どうしたっけ?

「ほら、この子、温泉ソムリエの資格を取りたいって言ってたでしょう?それで私が全国の温泉の話をしてあげたのよ」

温泉ソムリエ!?
私、そんなこと一言も言ってない!っていうか温泉ソムリエって何!?資格あるの!?

「あ、あの……」

私は恐る恐る手を挙げた。小学生みたいだな、と思った。
「桐谷さん、本当に申し訳ないんですけど、私、その記憶が全然なくて……」

「あらあら」
桐谷さんはニコニコしながら私の肩をポンポンと叩いた。

「そうよね。お酒飲みすぎちゃったものね〜」
「お酒!?」

飲んでない!私、お酒弱いから昨日は一滴も飲んでない!温泉に入る前も入った後も、ウーロン茶しか飲んでない!

でも、待って。
もしかして……このおばあちゃん、人違い?

「あの、桐谷さん」中津川警部が冷静な声で言った。「念のため確認しますが、あなたが一緒にいたのは、間違いなくこの朝霧遥さんですか?」
「ええ、間違いないわ」

桐谷さんは即答した。そして私の顔をじーっと見て、
「ほら、この特徴的な三白眼と、ちょっとタレ目で……」

三白眼!?私そんな目してるの!?

「それに、左の頬にある小さなホクロ。間違いないわよ」
確かに、左頬にホクロある。けど……。

その時、大広間の隅の方から、モジモジした声が聞こえてきた。

「あ、あの……」

みんなが一斉にそっちを向いた。
そこには、20代後半くらいの、メガネをかけた女性が立っていた。私と似たような身長で、髪型も似てる。そして、左頬にホクロがある。
「も、もしかして……私のことじゃないでしょうか……?」

え?

ええええええ?
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