しらさぎ館
制作者:
冬至梅
小説設定:
|
連続投稿: 可
|
投稿権限:
全員
概要
【あらすじ】
英領インドからイギリスの田舎に引き取られた少女アンナ。彼女を待っていたのは「白鷺館」という大きなお屋敷と、人生を変える出会いの数々でした。
【世界観】
第二次世界大戦後のイギリス
【舞台】
◆グリンフェン・バレー:谷間と湿地の継ぎ目に位置する小さな村
◆白鷺館:グリンフェン・バレーの名家の邸宅
【登場人物】
◆アンナ・フェアボーン:英領インドで生まれ育った裕福な少女。10歳。
◆ハロルド・ペニントン:白鷺館の執事。
英領インドからイギリスの田舎に引き取られた少女アンナ。彼女を待っていたのは「白鷺館」という大きなお屋敷と、人生を変える出会いの数々でした。
【世界観】
第二次世界大戦後のイギリス
【舞台】
◆グリンフェン・バレー:谷間と湿地の継ぎ目に位置する小さな村
◆白鷺館:グリンフェン・バレーの名家の邸宅
【登場人物】
◆アンナ・フェアボーン:英領インドで生まれ育った裕福な少女。10歳。
◆ハロルド・ペニントン:白鷺館の執事。
ペニントン氏は帽子のつばを押さえながら、停めてあった黒塗りの自動車へアンナを導きました。扉が静かに開かれると、アンナは一言も発さぬまま、後部座席へ身を滑り込ませました。
エンジンが低く唸りを上げ、車が濡れた舗装道路を走り出すと、アンナは窓の外へそっと視線を移しました。ガラス越しに広がるウェールズの丘は、雨と霧に包まれ、どこまでも灰色に沈み込んでいるように見えました。
「お嬢様」
運転席から、ペニントン氏の落ち着いた声が静かに届きました。
「モーガン家とフェアボーン家は、遠い親戚にあたります。アラステア・モーガン博士が、お嬢様の後見人であられるのです」
アンナは窓に額を寄せたまま、まばたき一つせず、丘の重なりを見つめ続けています。
「遺産のことにつきましては、マクリーン様から詳しく伺っております。どうぞご安心ください」
けれども「安心」という言葉は、まだアンナの心がそれを受け取る場所を見つけられずにいました。
やがて舗装道路が尽き、車輪が未舗装の道へ入ると、泥が大きく跳ね上がりました。窓の外で茶色い飛沫が散り、重たい雨雲の切れ間には、夕日の光が微かに滲んでいます。
しばらく走ると、小さな村を通り抜けました。石造りの家々は雨に濡れて黒ずみ、低い屋根の煙突からは細い煙が風に流れていました。道端では老人が泥炭を運び、羊飼いは静かに羊の群れを導いています。谷全体に戦後の疲れが深く染み込みながらも、それに耐え抜こうとする人々の確かな意志が、ひそやかに漂っていました。
しかし、アンナの目には、そのすべてが色を失った、みすぼらしい景色として映ったのでした。
「……なんだか……何もないところね」
掠れた声が、閉ざされた車内の空気を僅かに震わせました。
ペニントン氏は前方から目を離さず、低く、しかし確かな調子で答えました。
「この村は空襲の被害を受けずに済みました。人々が力を合わせ、この谷を守ってきたのです」
その言葉には静かな誇りがこもっていましたが、アンナの耳には届かないようでした。彼女は視線を逸らし、そっと目を閉じました。
瞼の裏に浮かんだのは、遠いインドの鮮やかな光でした。強い太陽に照らされた赤い煉瓦の家々、甘く刺激的な香辛料の匂い、明るい声で行き交う人々。今しがた通り過ぎた村とは正反対の、色とりどりの世界です。けれどもその記憶もまた、両親とともに失われた場所として、アンナの小さな胸に静かに残っていました。
エンジンが低く唸りを上げ、車が濡れた舗装道路を走り出すと、アンナは窓の外へそっと視線を移しました。ガラス越しに広がるウェールズの丘は、雨と霧に包まれ、どこまでも灰色に沈み込んでいるように見えました。
「お嬢様」
運転席から、ペニントン氏の落ち着いた声が静かに届きました。
「モーガン家とフェアボーン家は、遠い親戚にあたります。アラステア・モーガン博士が、お嬢様の後見人であられるのです」
アンナは窓に額を寄せたまま、まばたき一つせず、丘の重なりを見つめ続けています。
「遺産のことにつきましては、マクリーン様から詳しく伺っております。どうぞご安心ください」
けれども「安心」という言葉は、まだアンナの心がそれを受け取る場所を見つけられずにいました。
やがて舗装道路が尽き、車輪が未舗装の道へ入ると、泥が大きく跳ね上がりました。窓の外で茶色い飛沫が散り、重たい雨雲の切れ間には、夕日の光が微かに滲んでいます。
しばらく走ると、小さな村を通り抜けました。石造りの家々は雨に濡れて黒ずみ、低い屋根の煙突からは細い煙が風に流れていました。道端では老人が泥炭を運び、羊飼いは静かに羊の群れを導いています。谷全体に戦後の疲れが深く染み込みながらも、それに耐え抜こうとする人々の確かな意志が、ひそやかに漂っていました。
しかし、アンナの目には、そのすべてが色を失った、みすぼらしい景色として映ったのでした。
「……なんだか……何もないところね」
掠れた声が、閉ざされた車内の空気を僅かに震わせました。
ペニントン氏は前方から目を離さず、低く、しかし確かな調子で答えました。
「この村は空襲の被害を受けずに済みました。人々が力を合わせ、この谷を守ってきたのです」
その言葉には静かな誇りがこもっていましたが、アンナの耳には届かないようでした。彼女は視線を逸らし、そっと目を閉じました。
瞼の裏に浮かんだのは、遠いインドの鮮やかな光でした。強い太陽に照らされた赤い煉瓦の家々、甘く刺激的な香辛料の匂い、明るい声で行き交う人々。今しがた通り過ぎた村とは正反対の、色とりどりの世界です。けれどもその記憶もまた、両親とともに失われた場所として、アンナの小さな胸に静かに残っていました。
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