御隠居は鼻を鳴らし、本を置いて腕を組んだ。
「ほーう、それほど賢い箱なら、わしが若い頃、神童と呼ばれたことも知っておろうな」
「へい、朝飯前でさぁ!」
八五郎が人差し指で箱を撫でると、箱の面がぴかりと光る。
「ええと……『御隠居、若い頃』……おっと、出ましたぜ」
その瞬間、八五郎の顔がにやりと歪んだ。
「おやおや……? 御隠居、こいつぁ神童どころか……。
箱先生によりますと、昼は博打、夜は酒、明け方は女郎屋。学問は三日坊主、借金は年季明け。こりゃあ見事な道楽三昧で」
御隠居はぴたりと固まった。
「……ま、待て八。それは人違いであろう」
「いえいえ、歳も住まいもぴったり。あ、ここに絵付きで出ていやす」
御隠居は真っ赤になり、慌てて箱を取り上げようとするが、箱は無情にも続きを映す。
「おや? まだありやすぜ。『女房に内緒で質入れ』」
「もうよい! 見るなーっ!」
こうして御隠居の威厳は地に落ち、程なくして長屋には笑い声が響いた。
***
さて、江戸の町ではこのような合言葉が流行り出した。「知りたいことは箱に聞け」。今や、婿探しも箱、病も箱、明日の天気も箱頼みである。
「この男は婿にいいかい?」
「箱先生によれば、笑顔は良いが金遣いが荒い」
「昨夜から咳が止まらねえ」
「箱先生いわく、三日で治るが酒は控えろ」
もはや誰一人として人間の話を聞かず、箱の示すことを信じる始末である。
「ほーう、それほど賢い箱なら、わしが若い頃、神童と呼ばれたことも知っておろうな」
「へい、朝飯前でさぁ!」
八五郎が人差し指で箱を撫でると、箱の面がぴかりと光る。
「ええと……『御隠居、若い頃』……おっと、出ましたぜ」
その瞬間、八五郎の顔がにやりと歪んだ。
「おやおや……? 御隠居、こいつぁ神童どころか……。
箱先生によりますと、昼は博打、夜は酒、明け方は女郎屋。学問は三日坊主、借金は年季明け。こりゃあ見事な道楽三昧で」
御隠居はぴたりと固まった。
「……ま、待て八。それは人違いであろう」
「いえいえ、歳も住まいもぴったり。あ、ここに絵付きで出ていやす」
御隠居は真っ赤になり、慌てて箱を取り上げようとするが、箱は無情にも続きを映す。
「おや? まだありやすぜ。『女房に内緒で質入れ』」
「もうよい! 見るなーっ!」
こうして御隠居の威厳は地に落ち、程なくして長屋には笑い声が響いた。
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さて、江戸の町ではこのような合言葉が流行り出した。「知りたいことは箱に聞け」。今や、婿探しも箱、病も箱、明日の天気も箱頼みである。
「この男は婿にいいかい?」
「箱先生によれば、笑顔は良いが金遣いが荒い」
「昨夜から咳が止まらねえ」
「箱先生いわく、三日で治るが酒は控えろ」
もはや誰一人として人間の話を聞かず、箱の示すことを信じる始末である。
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