奇天烈文房店。
制作者:
澪月かんな。
小説設定:
|
連続投稿: 不可
|
投稿権限:
全員
概要
雨の日だけ現れるという噂の路地で、主人公は閉店したはずの店を実際に目撃する。
偶然では片づけられない再現性に気づいた主人公は、現象を記録し、検証を始める。
しかし調査を進めるほど、店で起きた出来事が現実にも影響を及ぼし、周囲の記憶や配置が微妙に書き換えられていく。
この現象が都市伝説なのか、ある種の法則なのかを突き止めようとする中で、主人公自身もまた「観測対象」に組み込まれていく。
偶然では片づけられない再現性に気づいた主人公は、現象を記録し、検証を始める。
しかし調査を進めるほど、店で起きた出来事が現実にも影響を及ぼし、周囲の記憶や配置が微妙に書き換えられていく。
この現象が都市伝説なのか、ある種の法則なのかを突き止めようとする中で、主人公自身もまた「観測対象」に組み込まれていく。
声に導かれるように、私は一歩、二歩と店内へ足を踏み入れた。
扉は閉めたはずなのに、背後から雨音は聞こえない。代わりに、紙とインクが混ざったような、懐かしく乾いた匂いが鼻をくすぐった。
「……あの、営業中、ですか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
返事はすぐにあった。
「ええ。雨の日だけ、ですけどね」
棚の影から現れたのは、腰の曲がった老婆だった。白髪はきれいにまとめられ、古い割烹着を身に着けている。どこにでもいそうなのに、どこにもいないような、不思議な存在感だった。
「いらっしゃい。傘、お預かりしましょうか」
差し出された手に、反射的に傘を渡してしまう。
老婆は傘を受け取ると、店の隅に立てかけた。
「……この店、昔ここにありましたよね」
私がそう言うと、老婆は少しだけ目を細めた。
「ええ。ありましたよ。なくなったことになっていますけど」
「……潰れた、はずです」
「そういうことになっていますね」
否定もしない。肯定もしない。
まるで、現実の扱い方を知り尽くしている人の言葉だった。
店内を見回す。外から覗いた時よりも、棚が増えている気がする。奥行きも、明らかに広い。
古い大学ノート、表紙に名前の書かれていない日記帳、見覚えのない規格の原稿用紙。どれも「使われた痕跡」があるのに、誰のものかは分からない。
「ここ、何の店なんですか」
「文房店ですよ」
老婆は当たり前のように言った。
「書くためのものを売る店です。忘れられた人のための」
胸の奥が、わずかにざわついた。
「……忘れられた人?」
「ええ。書かなかった人。書けなかった人。書いたのに、残らなかった人」
老婆は一冊のノートを取り、私の前に置いた。
表紙は真っ黒で、何も書かれていない。
「よろしければ、見ていきますか」
私は頷いた。断る理由が見つからなかった。
ノートを開く。
そこには、見覚えのない文字が並んでいた。日記のようでもあり、記録のようでもある。だが、読み進めるうちに、背中に冷たいものが走った。
「……これ、うちの近所です」
「でしょうね」
書かれていたのは、昨日の出来事だった。
雨の日。転んだ人。信号の故障。閉店したはずの店。
――私が、この路地に足を踏み入れるより前の出来事まで、正確に。
「これを書いた人は……」
「さあ」
老婆は微笑んだ。
「覚えている人がいないので」
その瞬間、頭の中で何かが引っかかった。
「……でも、私、ここに来たの、今日が初めてで」
「そうですね」
「なのに、どうして、私のことが――」
「書かれているからですよ」
老婆は、まるで当然のように言った。
「ここでは、起きたことは書かれ、書かれたことは、起きます」
言葉の意味を咀嚼する前に、足元がわずかに揺れた気がした。
扉は閉めたはずなのに、背後から雨音は聞こえない。代わりに、紙とインクが混ざったような、懐かしく乾いた匂いが鼻をくすぐった。
「……あの、営業中、ですか」
自分でも驚くほど、落ち着いた声が出た。
返事はすぐにあった。
「ええ。雨の日だけ、ですけどね」
棚の影から現れたのは、腰の曲がった老婆だった。白髪はきれいにまとめられ、古い割烹着を身に着けている。どこにでもいそうなのに、どこにもいないような、不思議な存在感だった。
「いらっしゃい。傘、お預かりしましょうか」
差し出された手に、反射的に傘を渡してしまう。
老婆は傘を受け取ると、店の隅に立てかけた。
「……この店、昔ここにありましたよね」
私がそう言うと、老婆は少しだけ目を細めた。
「ええ。ありましたよ。なくなったことになっていますけど」
「……潰れた、はずです」
「そういうことになっていますね」
否定もしない。肯定もしない。
まるで、現実の扱い方を知り尽くしている人の言葉だった。
店内を見回す。外から覗いた時よりも、棚が増えている気がする。奥行きも、明らかに広い。
古い大学ノート、表紙に名前の書かれていない日記帳、見覚えのない規格の原稿用紙。どれも「使われた痕跡」があるのに、誰のものかは分からない。
「ここ、何の店なんですか」
「文房店ですよ」
老婆は当たり前のように言った。
「書くためのものを売る店です。忘れられた人のための」
胸の奥が、わずかにざわついた。
「……忘れられた人?」
「ええ。書かなかった人。書けなかった人。書いたのに、残らなかった人」
老婆は一冊のノートを取り、私の前に置いた。
表紙は真っ黒で、何も書かれていない。
「よろしければ、見ていきますか」
私は頷いた。断る理由が見つからなかった。
ノートを開く。
そこには、見覚えのない文字が並んでいた。日記のようでもあり、記録のようでもある。だが、読み進めるうちに、背中に冷たいものが走った。
「……これ、うちの近所です」
「でしょうね」
書かれていたのは、昨日の出来事だった。
雨の日。転んだ人。信号の故障。閉店したはずの店。
――私が、この路地に足を踏み入れるより前の出来事まで、正確に。
「これを書いた人は……」
「さあ」
老婆は微笑んだ。
「覚えている人がいないので」
その瞬間、頭の中で何かが引っかかった。
「……でも、私、ここに来たの、今日が初めてで」
「そうですね」
「なのに、どうして、私のことが――」
「書かれているからですよ」
老婆は、まるで当然のように言った。
「ここでは、起きたことは書かれ、書かれたことは、起きます」
言葉の意味を咀嚼する前に、足元がわずかに揺れた気がした。
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