童話異聞録その1「浦島太郎」

制作者: A5 二次創作
第1話 助けた亀は…
投稿者: A5
昔々あるところに、浦島太郎という若い漁師が住んでおりました。

浦島太郎は、熱い日差しの中、浜辺を歩いていた。
特別に働き者というわけでもなく、他にすることもなかったからブラブラと浜辺を歩いていたのだ。

太陽は真上でじりじりと肌を焦がすようであり、潮の匂いが鼻をついた。
「……退屈だなぁ」
誰に言うでもなく呟き、砂浜に視線を落とした。

その時であった。
少し先で、聞き慣れたがやがやと騒ぐ声がした。
近所のわらべたちが集まって何かを囲んでいた。
「どうだ、どうだ!」「ひっくり返せ!」
楽しそうな、それでいて少し意地の悪そうな声。

「おい、こら!」
太郎が声をかけると、童たちはびくりと肩を震わせた。
「た、太郎さん...」
「またお前たちか。何をいじめているんだ」
やれやれ、とため息まじりに近づくと、童たちの輪の中心が見えた。

「おや?」
太郎は思わず眉をひそめた。
そこにいたのは、亀であった。
だが、ひっくり返されてじたばたしているそいつは、どうにも妙なものであった。

「...ちっさ」

童たちを適当に追い払った後、太郎はそいつを手のひらに乗せた。
甲羅は鮮やかな緑色で、池や川などでよく見かける亀だ。

どう見ても、海の亀ではないなぁ。
なんというか、これはミドリガメではないか?

「なんでお前がこのようなところにいるんだ...」
ミドリガメは、小さな黒い瞳で、じっと太郎を見つめていた。
まるで何か言いたげであった。
第2話 喋るミドリガメ、その名はカメーリア
太郎は手のひらの上の小さな亀を、じーっと見ていた。
(これ、どう見てもミドリガメだよな...。祭りのやつが捨てられたのか? かわいそうに)
こんな小さい体で、熱い砂浜にいたら、すぐに死んじまう。
「よし。近くの川にでも放してやるか」
太郎がそう決めて、もう一度歩き出そうとした、まさにその時。

「おい、貴様」

「...へ?」
太郎は足を止めた。
あたりをキョロキョロと見回す。子供たちはもういない。広い砂浜には太郎だけだ。
波の音が、ざあざあうるさい。

「貴様だ、貴様。そこの気の抜けたツラをしてる漁師よ」
今度ははっきりと聞こえた。
高くて、やけにエラそうな、女の人の声?
声は、すごく近い。
まさか、と。
太郎はビクビクしながら、手のひらに視線を落とした。

手のひらの上の、ミドリガメ。
そいつが、小さな黒い目で、じろりと太郎を睨み上げていた。

「...え...」
太郎の口が、アホみたいに開いた。

「...えええええええええええッ!?」

夕方の浜辺に、太郎のデカい叫び声が響いた。
太郎はびっくりして、危うく亀を放り投げそうになる。
「しゃ、喋った...!? 亀が、このミドリガメがぁ!」
「うるさいぞ、愚民が! 耳がキーンとなるわ!」
ミドリガメは、小さな前足でと甲羅を叩くみたいな動きをした。
「わらわを落としたら万死に値するぞ!」

「よく聞け、そこな漁師よ。わらわは、竜宮城におわす、麗しき乙姫様の...えーっと、そう、側近中の側近! カメーリアである!」
「かめ...?」
「カ・メー・リ・アじゃ! 覚えておけ!」

自分で「カメーリア」と名乗ったミドリガメは、ふんと胸を(あるのか?)そらせた。
太郎はもう頭がぐちゃぐちゃだった。
竜宮城? 乙姫様?
それって、海の底にあるっていう、あの伝説の?
「いや、でも...お前、どう見てもミドリガメだろ。海の亀じゃなくて、川とかの...」
「カチン!」
太郎が言い終わる前に、カメーリアが鋭い声を出した。

「ミドリガメ、ミドリガメと五月蠅うるさいのう! これは仮の姿じゃ! 陸での隠密行動用にチューニングされた、最新鋭のボディなのじゃ!」
「ちゅーにんぐ...?」
聞いたこともない言葉だったが、カメーリアの勢いがすごくて、太郎は「はあ」としか言えない。

「とにかく!」
カメーリアは言った。
「童どもに捕まり、危ないところだった。貴様に助けられた義理はある」
「お、おう...」
「礼がしたい。わらわの城、竜宮城へ招待してやろう。さあ、海へ連れて行け!」
「...海?」

太郎は、手のひらのカメーリアを見た。
(いや、どう見てもミドリガメだろ...)
(こいつ、海に入ったら死ぬんじゃないか...?)

「何をためらっている! 早くしろ!」
「いや、しかし...」
「ええい、うるさい! わらわは乙姫様の使いじゃぞ! とにかく、海じゃ! 海に連れて行けば、このボディの『真の力』が解放されるはずなのじゃ!」

何を言ってるのか分からなくすごく不安になったけど、喋る亀っていうワケのわからない状況に、太郎はもう逆らえなかった。
「...わ、わかった。行けばいいんだろ、行けば」
「うむ。話が早くて良い」

こうして浦島太郎は、やたらエラそうな、手のひらサイズのミドリガメ(自称カメーリア)を乗せたまま、言われた通りに海へと歩き出した。
退屈だと思ってた毎日が、いきなりとんでもないことになってきた。
第3話 海に帰れば
投稿者: クロマル
太郎は波打ち際までやって来た。
手のひらの上で、カメーリアは目を輝かせている。

「おお...。海じゃ、海じゃ!」
「本当に大丈夫なのか? お前、どう見てもミドリガメだぞ」
「くどいぞ愚民! わらわの力を疑うか!」
手のひらのカメーリアは、相変わらずエラそうだった。

太郎は仕方なく、ゆっくりと海へ足を踏み入れた。
冷たい波が、足首を撫でる。

「よし、そこまででよい。わらわを海面に置け」
「...置くって、沈むんじゃないか?」
「黙れ! やれと言ったらやれ!」

太郎は恐る恐る、手のひらを海面に近づけた。
ちゃぷん。
カメーリアが、波の上に滑り落ちる。

一瞬、沈みかけた。
「ほら!」
太郎が手を伸ばそうとした、その瞬間——

ゴオオオオオオオッ!

海面が、光った。
緑色の、眩しい光。

「うわっ!」
太郎は思わず目を閉じた。
波が激しく揺れる。いや、揺れるなんてもんじゃない。
まるで何か巨大なものが、海の底から浮かび上がってくるような...

「き、貴様、下がれ! 吹き飛ぶぞ!」
カメーリアの声が、さっきよりずっと大きく響いた。

太郎が目を開けると——

「...嘘だろ」

そこには、もう手のひらサイズの亀はいなかった。
いるのは、太郎の背丈の、いや、それよりもずっと大きな、巨大な亀。
いや、亀なんて言葉じゃ足りない。
これは...怪獣?ガ◯ラ!?

緑色に輝く甲羅。
ゴツゴツとした四肢。
鋭い爪。
そして、太い首の先には、さっきまでの愛らしさのかけらもない、鋭利な顔つき。

「どうじゃ、漁師よ! これがわらわの『海戦用ボディ』じゃ!」 地鳴りのような、エラそうな声が響いた。

カメーリアの声が、低く、太く響いた。
甲羅は太陽の光を受けて、ギラギラと金属めいた輝きを放っている。
まるで、伝説の守護獣しゅごじゅうか何かのようだった。

「お、おい...。お前、何メートルあるんだよ...」
「細かいことは気にするな。さあ、乗れ」
「乗れって...」

カメーリアは、どっしりと波間に浮かんでいる。
その背中——巨大な甲羅の上は、ちょうど人が乗れそうな平らなスペースになっていた。

「早くせい。日が暮れるぞ」
「いや、待て待て。これ、本当に乗って大丈夫なのか?」
「案ずるな。竜宮城まで、ひとっ飛びじゃ! ...たぶん!」

(また「たぶん」って言った...)

太郎は覚悟を決めた。
もうここまで来たら、引き返せない。
ざぶざぶと海に入り、よじ登る。
甲羅の表面は思ったより温かく、ざらざらしていた。

「しっかり掴まっておれよ」
「おい、ちょっと——」

言い終わる前に、カメーリアが動いた。

ゴオオオオオオオッ!

凄まじい速さで、海を駆ける。
いや、駆けるなんてもんじゃない。
波を蹴散らし、飛ぶように進んでいく。

「うわああああああああッ!」
太郎は甲羅に必死にしがみついた。
潮風が、顔を叩く。
空が、海が、ぐるぐる回る。

「はーっはっはっは! どうじゃ、わらわの力は!」
「速い、速すぎるッ!」
「まだまだこんなものではないわ! 見ておれ!」

カメーリアの甲羅が、さらに光り始めた。
——まるで、空でも飛ぶかのように。

太郎は、訳がわからないまま、ただ必死に巨大亀の背にしがみついていた。
竜宮城なんて、本当にあるのだろうか。

それは、太郎にも、まだわからなかった。
第4話 ようこそ竜宮城へ!深海のドーム
投稿者: ケンヂ
「しっかり掴まっておれよ」カメーリアの言葉を合図に、甲羅の輝きが極限まで高まった。 太郎の視界が、光で塗りつぶされる。 次の瞬間、太郎の体を、今まで感じたことのない強烈な圧迫感が襲った。 「ぐっ……!」 海中を進んでいる感覚ではない。 波の抵抗も、水の音も、すべてが消え去っていた。 これは……空間を「跳んで」いる?

どれくらいの時間が経ったのか。体感ではほんの一瞬、だが意識は数分飛んでいた気もする。 ふっと体が軽くなり、急激な減速感とともに視界が戻った。

「……ここ、は」 太郎は息を呑んだ。 目の前に広がっていたのは、海の底に鎮座する巨大なドーム都市だった。 ガラスか水晶でできたような透明なドームが、深海の途方もない圧力から内部を守っている。ドームの内側には、地上と見紛うばかりの建物が整然と並び、柔らかな光を放っていた。 どう見ても、人間の技術で作られたものではない。

「着いたぞ。ここがわらわの城、竜宮城じゃ」 カメーリアは、ドームに設けられた巨大な水密扉ハッチの前で停止した。 ゴオオ、と重低音が響き、海水が急速に排水されていく。 カメーリアごと太郎は、ドーム内部の白い船渠ドックへと迎え入れられた。

太郎が甲羅から滑り降りると、カメーリアの巨大な体が、まるで陽炎のように揺らぎ、収縮していく。 「すげえ……。さっきのデカいの、どうなってんだ?」 「ふん。わらわの『海戦用ボディ』は、高密度エネルギーで構成・・されておる。これはおかでの隠密行動用ボディじゃ」元の手のひらサイズに戻ったカメーリアは、得意げにそう言った。 (エネルギーで構成? ますます訳がわからん)

「さあ、乙姫様がお待ちかねだ。案内する」 カメーリアに促され、太郎はドックから続く無菌室エアロックのような通路を進んだ。 通路は清潔で、空気も澄んでいる。だが、どこか無機質で、人の気配がしなかった。まるで、巨大な研究所か何かのようだ。

やがて、一番奥の、ひときわ豪華な意匠デザインの扉の前に着いた。 「乙姫様。浦島太郎を連れて参りました」 「……入りなさい」

静かだが、妙にりのある、凛とした声がした。 扉が自動で滑るように開く。

部屋の中央。 そこには、伝統的な十二単とは似ても似つかぬ、白衣のような、それでいて儀礼服のようにも見える不思議な服を着た女が座っていた。 美しい。それは間違いない。 だが、その美しさは、作り物めいたものではなかった。 むしろ逆だ。 目の下にはうっすらとくまがあり、完璧に整えられた長い黒髪とは裏腹に、その表情はひどく疲れているように見えた。

「……あなたが、浦島太郎さん」 乙姫は、手元の光るパネルのようなものから顔を上げた。 「はじめまして。私がここの責任者、乙姫です」 「あ、どうも……。浦島太郎です」

「カメーリア。ご苦労様。また『定期観測』中にトラブル?」 「はっ! い、いえ、その……。地上の童どもに捕まりまして……」「……またですか。あなたのその『隠密行動用ボディ』、もう少しどうにかならないの? 脆弱すぎます。次の予算会議で議題に上げさせてもらいますよ」 「うぐぅ…」

さっきまでの威勢はどこへやら、カメーリアが小さくなっている。 乙姫はため息を一つつき、太郎に向き直った。

「すみません、内輪の話で。太郎さん、カメーリアを助けていただき、感謝します」 乙姫は、そこで初めて、ふわりと笑った。 その笑顔は、さっきまでの疲れた管理者の顔とは違い、どこか人懐っこい、不思議な魅力があった。

「ここは竜宮城。見ての通り、少し……ええ、特殊な場所です」 「(どう見ても特殊すぎる……)」 「あなたは『お客様』です。歓迎します。何もないところですが、ゆっくりしていってください」

乙姫はそう言ったが、太郎は見逃さなかった。 彼女が笑った瞬間、その瞳の奥に、歓迎とは別の……何かを値踏ねぶみするような、鋭い光が宿ったのを。

(この人、何か隠してる……? そもそも、なんでカメーリアは『定期観測』なんてしてたんだ?) 太郎の胸に、漠然とした不安と、それ以上に強い好奇心が湧き上がっていた。
第5話 歓迎の宴、そして...
乙姫の部屋を出ると、カメーリアが太郎の肩に飛び乗ってきた。

「さあさあ、貴様を歓迎する宴の準備が整っておるぞ!」

案内されたのは、円形の大広間だった。透明な天井の向こうには深海の暗闇。時折、発光する魚の群れが光の筋を描いていく。

大きな卓には、色とりどりの料理が並んでいる。貝や海藻、魚を使った、見たこともない美しい料理たち。

「すごい...」

ぱたぱたと足音が近づいてきた。タイやヒラメ、イカやタコ。海の生き物たちが人間のような姿で歩いている。頭にひれがあったり、体の一部が鱗に覆われていたりするが。

「ようこそ、浦島太郎様!」

笑顔で迎えられ、太郎は少し照れくさくなった。

宴が始まる。音楽が流れ、料理が運ばれてくる。

そして何より、カメーリアがはしゃいでいた。

「見たか見たか、太郎! この『深海真珠のムース』は絶品じゃぞ!」
「おい、食べすぎだろ」
「うるさいのう! わらわは日々激務なのじゃ! たまの宴会くらい好きにさせろ!」

肩の上でぷりぷりと怒るカメーリアを見て、太郎はくすりと笑った。

(なんだ。みんな、いい奴らじゃないか)

宴の中央には、乙姫も姿を見せていた。水色の衣装に着替え、髪飾りがきらきらと輝いている。

「どうですか? お口に合いますか?」
「はい! とても美味しいです」
「それは良かった。カメーリアがあなたを連れてきてくれて、本当に助かりました」
「助かった...?」

太郎が聞き返そうとしたが、乙姫はすっと視線を逸らした。

「ふふ、気にしないでください。さあ、もっと楽しんで」

乙姫は住人たちのほうへ歩いていった。笑いながら、宴を盛り上げている。

(優しい人だな...)

でも、何かが引っかかる。

乙姫の視線が時々、太郎のほうをちらりと向ける。まるで何かを確認するように。そして広間の隅で、例の光る板を手に取り、指で何かを操作していた。その目つきは真剣そのもので、鋭く、そして冷たかった。

太郎は気づかないふりをした。

(なんで、俺をこんなに歓迎してくれるんだ?)
(カメーリアを助けただけなのに...)

「太郎、どうした? 顔色が悪いぞ」

カメーリアが頬をぺちぺちと叩いた。

「...いや、なんでもない」
「本当か?」
「大丈夫だって」

太郎は無理やり笑顔を作った。

宴は深夜まで続いた。みんな楽しそうで、カメーリアははしゃぎまくり、乙姫はにこやかに微笑んでいた。

でも太郎の胸には、ずっと小さな違和感が残り続けた。

その夜、寝室に案内された時、ふと振り返ると廊下の奥に乙姫の姿が見えた。光る板を手に持ち、真剣な顔で見つめている。その横顔は、宴の時とは全く違う、冷たくて鋭いものだった。

(やっぱり、何かある...)

太郎はそっと扉を閉めた。

明日、もう少し探ってみよう。そう心に決めて、深海の静けさの中、眠りについた。
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