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白銀の檻、暖炉の密室

制作者: クロマル
第1話 プロローグ
投稿者: クロマル
窓の外は、世界を白く塗りつぶす猛吹雪。
山奥に佇むペンション『スノードロップ』のラウンジは、重苦しい沈黙と、暖炉が爆ぜる音だけに支配されていた。

その暖炉の前で、ペンションのオーナー・豪田が息絶えている。
背中にはナイフ。即死だった。

「……完全に、孤立無援だ」

太い眉間に皺を寄せ、扉に背を預けたのは、休暇で訪れていたベテラン刑事・鬼頭きとう
大雪による土砂崩れ。電話線は切断され、携帯も圏外。
この極寒の陸の孤島に残されたのは、私――探偵・相馬そうまと、死体を取り囲む4人の容疑者たちだけだ。

私は、揺らめく炎に照らされた彼らの顔を順に見渡した。

一人目は、最高級のスーツに葉巻をくゆらせる男。
御子柴みこしば
不動産王として名を馳せる、傲慢で「いかにも怪しい金持ち」

二人目は、返り血のような深紅のドレスを纏い、妖艶に微笑む女。
九条。
年齢不詳、職業不詳の、「いかにも怪しい美女」

三人目は、何かの薬品のシミがついた白衣のまま、ブツブツと独り言を繰り返す男。
毒島ぶすじま
怪しげな実験を繰り返していると噂の、「いかにも怪しい研究者」

そして四人目は、量販店の安いスーツを着て、ガタガタと震えている男。
鈴木。
特徴がないことが唯一の特徴である、「普通のサラリーマン」

犯人は、この中にいる。
逃げ場のない密室劇が、今、幕を開けた。
第2話 閉ざされた山荘
暖炉の火の粉がパチパチと舞う。 そのオレンジ色の光を背に受けて、鬼頭が一歩前へ出た。床に伸びた影が、まるで犯人を飲み込もうとする怪物のように揺れている。

「いいか、全員よく聞け」
鬼頭の声は低く、そして重い。
「さっき外を見てきた。下山するための唯一の道、あの吊り橋が何者かに落とされたようだ。電話線も切断されている」

その言葉に、鈴木が「ひっ」と喉を鳴らして震え上がった。御子柴はつまらなそうに葉巻の煙を吐き出している。

「つまり、俺たちはこの雪山に閉じ込められたってわけだ。警察も呼べない。助けが来るのは、この吹雪が止んでからになるだろう」
鬼頭は鋭い視線で、一人一人の顔を覗き込むように睨みつけた。
「それまでは、俺が仕切らせてもらう。勝手な行動は許さんぞ」
第3話 相馬と鬼頭
投稿者: クロマル
暖炉の炎が、豪田の背中に突き刺さったナイフの柄を鈍く光らせている。私は吸い寄せられるように一歩足を踏み出した。

「そこまでだ、相馬」

太い腕が私の胸の前にヌッと差し出された。鬼頭だ。
暖炉の逆光で、彼の大柄なシルエットがさらに巨大に見える。

「現場保存は鉄則だ。探偵ごっこに付き合ってる暇はないぞ」
「ごっこ、は心外だな。3年前の連続放火事件、警察が行き詰まっていたところを解決に導いたのは誰だった?」

私の言葉に、鬼頭の太い眉がピクリと動いた。 彼は一度大きく息を吐き出し、葉巻の煙のような白いため息を漏らす。

「……お前の勘と推理力が鋭いことは認める。あの時の借りは忘れていない」
鬼頭の声のトーンがわずかに下がった。そこには、かつての戦友に向けるような色が混じっている。 だが、彼はすぐにその腕を下ろすことなく、私を鋭く見据えた。

「だがな、ここは俺の管轄だ。俺は刑事で、お前は民間人だ。この線引きだけは譲れん。馴れ合いで現場を荒らさせるわけにはいかないんだよ」

頑固な男だ。しかし、その実直さが彼という刑事を形作っているのも知っている。 私は両手を挙げて、降参のポーズをとった。

「わかったよ。触りはしない。ただ、遠目から観察するくらいは許してくれ。犯人がこの空間にいる以上、こっちだって自分の身を守るために情報は欲しい」
第4話 探偵・相馬
投稿者: ケンヂ
「おい、待てよ」
沈黙を破ったのは、不機嫌そうに紫煙を吐き出していた御子柴だった。太い指に挟んだ葉巻を、無遠慮に私の鼻先へと突きつける。
「さっきから聞いていれば、警察と馴れ合っているその男は何者だ?ただの観光客が捜査に口を出すつもりか」
その言葉に、他の三人も一斉に私へと視線を向けた。現場保存だ何だと言い争っていたのが気に食わなかったのだろう。
「ああ、こいつは……」
鬼頭はバツが悪そうに頭を掻くと、仕方ないといった様子で口を開く。
「相馬だ。俺の昔からの知り合いで……探偵をやっている」
「探偵?」
九条が面白そうに目を細め、毒島は興味なさげに鼻を鳴らす。鈴木だけが安堵とも怯えともつかない表情を浮かべていた。
私は軽く一礼し、あえて事務的な口調で語りかける。
「相馬です。見ての通り、現在警察官は鬼頭刑事ただ一人。この異常事態において、捜査の手が足りないのは明白です。あくまでサポートとして、私も協力させていただきます」
御子柴は忌々しげに舌打ちをしたが、論理的な正論に反論の余地がないと悟ったようだ。
「フン、勝手にしろ。だが俺を犯人扱いしたら、弁護士を呼んで訴えてやるからな」
不承不承といった空気だが、ひとまずの合意は取れたようだ。現場には、奇妙な連帯感と緊張感が漂い始めた。
第5話 現場検証
投稿者: クロマル
「……派手にやったな」
私は呟きながら、豪田の遺体の横に膝をつく。
床に広がった血は、暖炉の光を吸い込んで、まるでドス黒い油絵具をぶちまけたみたいに見える。鉄の錆びたような臭いが鼻をついた。

「おい、あまり不用意に触るなよ」
背後から鬼頭が低い声で釘を刺してくる。
「分かってる。まずは見るだけだ」

私は豪田の背中に突き刺さったナイフに目を凝らした。
柄の部分には細かい装飾が彫られている。鹿の角だろうか?
このペンションに飾ってあったアンティーク品かもしれない。グリップの銀色の部分が、炎を受けてギラリと光っている。

ふと、豪田の右手が何かを掴もうとするような形で固まっているのが気になった。
その指先が向いている先。そこは暖炉の中だ。

パチパチと薪が爆ぜる。
揺らめく炎の奥を、目を細めて覗き込む。燃え盛るオレンジ色の世界の中に、ひとつだけ異質な色が混ざっていた。

「……なんだ、あれは?」
「どうした、何か見つけたか?」

鬼頭が身を乗り出してくる。
私はハンカチを取り出し、火傷しないように気をつけながら、その『燃え残り』を慎重に掻き出した。

それは、半分ほど焼け焦げた、一枚の写真の切れ端だった。
写っていたのは、若い女性の笑顔。
だが、肝心の顔半分は黒く焦げていて、誰だか判別がつかない。背景にはどこかの湖が写っているようだ。

「写真……?」
鬼頭が怪訝な顔をする。
私はその切れ端をハンカチに包みながら、ふと視線を感じて顔を上げた。

遠巻きにこちらを見ていた4人の容疑者たち。
その中で一人だけ、九条という女が、一瞬だけ真っ青な顔で口元を押さえていたのが見えた気がした。
……いや、気のせいか?彼女はすぐにまた妖艶な笑みを浮かべ、グラスを傾ける仕草に戻っていた。

(この写真は、被害者の持ち物か? それとも犯人が消そうとした証拠か?)

私は静かに立ち上がり、焼け焦げた紙片をポケットにしまった。
第6話 微かな手がかり
私は暖炉から視線を外し、ラウンジ全体をゆっくりと見渡した。

「相馬、こっちに」
鬼頭が床を指差す。そこには、誰かが慌てて歩いた跡のように、雪の溶けた水滴がいくつも点々と続いていた。入口から暖炉の方へ、そしてまた戻るように。

「この足跡……新しい」
私は視線を辿りながら、テーブルの脚元に目を留めた。そこにあったのは、小さな泥の塊。誰かが外から戻ってきた証拠だ。

「発見当時、誰がどこにいたか確認しないとな」
鬼頭が険しい表情で呟く。

私はもう一度、遺体の周囲を確かめた。豪田の左手首には、高級そうな腕時計。だが、文字盤のガラスが割れている。何かと激しくぶつかったのか、それとも……。
「ひとまず、ここは十分だ」
私は立ち上がり、容疑者たちの方へ向き直った。彼らは揃って緊張した面持ちで、こちらを見つめている。

「それでは、皆さんにお話を伺いたい」
第7話 容疑者1:御子柴
投稿者: クロマル
御子柴は、ラウンジの一番奥にある革張りのソファを陣取っていた。
立ち上る葉巻の煙が、彼の顔の前に薄い膜を作っている。その向こう側から、値踏みするような視線が相馬に向けられていた。

「手短に頼むぜ。俺は一刻も早く部屋に戻って休みたいんだ」

御子柴が足を組み替える。イタリア製だろうか、光沢のある革靴が暖炉の火を反射してギラリと光る。

「では単刀直入に。犯行時刻、どこで何をしていましたか?」
「部屋だ。201号室。夕食のあと、ずっと一人で商談の資料を読んでいた」

相馬が手帳にペンを走らせる。
「誰か、それを見た人は?」
「いないな。だが、ルームサービスで氷を頼んだ。フロントに記録があるはずだ」

御子柴は太い指で葉巻の灰を落とす。その指にはまった巨大な金の指輪は、悪趣味なほど大きく、まるで拳銃の引き金のように見えた。

「疑うなら勝手にしろ。だがな、俺はこのペンションごとここを買い取るつもりだったんだ。オーナーを殺して得をするのは、借金まみれのオーナー自身か、あるいは……」

彼は視線だけで、部屋の隅にいる九条の方を指し示した。
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