療養型病院は、夕方の光に沈んでいた。
最寄り駅から歩くにつれ、街の色が少しずつ薄れていく。
コンビニの看板は減り、代わりに色褪せた住宅と、使われていない公園が増える。
地図アプリが示すピンは、現実から半歩ずれた場所に刺さっているように見えた。
病院の門は開いていた。
だが「歓迎」ではない。ただ、閉じる理由を失っただけの開放だった。
受付には人がいない。
呼び鈴を押しても反応はなく、廊下の奥から聞こえるのは、機械の低い駆動音と、誰かの咳払いだけだ。
――来るな。
そう言われている気がした。
それでも足は止まらなかった。
ナースステーションの壁に貼られた掲示物の端が剥がれ、下から古い紙が覗いている。
そこに、見覚えのあるフォントがあった。
ID管理表。
患者識別コード。
「……8297A4B1」
思わず声に出してしまう。
桁数も、アルファベットの配置も、完全に一致していた。
廊下の突き当たり、カーテンで仕切られたベッドの一つ。
その前で、足が止まる。
中にいるのは、老人だった。
やせ細った身体。点滴の管。焦点の合わない目。
だが、俺は一瞬で理解してしまった。
――ああ。
これは「今」ではない。
彼の脳波モニターに表示されている波形。
それは、記憶デバイスで再生した時と、同じパターンだった。
「……あなたが、8297A4B1か」
老人は反応しない。
だが、その指先が、わずかに動いた。
俺は、デバイスを取り出した。
再生ボタンに指をかける。
その瞬間、理解した。
あの記憶は――
最寄り駅から歩くにつれ、街の色が少しずつ薄れていく。
コンビニの看板は減り、代わりに色褪せた住宅と、使われていない公園が増える。
地図アプリが示すピンは、現実から半歩ずれた場所に刺さっているように見えた。
病院の門は開いていた。
だが「歓迎」ではない。ただ、閉じる理由を失っただけの開放だった。
受付には人がいない。
呼び鈴を押しても反応はなく、廊下の奥から聞こえるのは、機械の低い駆動音と、誰かの咳払いだけだ。
――来るな。
そう言われている気がした。
それでも足は止まらなかった。
ナースステーションの壁に貼られた掲示物の端が剥がれ、下から古い紙が覗いている。
そこに、見覚えのあるフォントがあった。
ID管理表。
患者識別コード。
「……8297A4B1」
思わず声に出してしまう。
桁数も、アルファベットの配置も、完全に一致していた。
廊下の突き当たり、カーテンで仕切られたベッドの一つ。
その前で、足が止まる。
中にいるのは、老人だった。
やせ細った身体。点滴の管。焦点の合わない目。
だが、俺は一瞬で理解してしまった。
――ああ。
これは「今」ではない。
彼の脳波モニターに表示されている波形。
それは、記憶デバイスで再生した時と、同じパターンだった。
「……あなたが、8297A4B1か」
老人は反応しない。
だが、その指先が、わずかに動いた。
俺は、デバイスを取り出した。
再生ボタンに指をかける。
その瞬間、理解した。
あの記憶は――
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