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童話異聞録「桃太郎」

制作者: A5
第1話 川上からの贈り物
投稿者: A5
昔々あるところにお爺さんとお婆さんがいました。

お爺さんは山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。
穏やかな昼下がり、川のせせらぎだけが聞こえる静かな場所です。
お婆さんが洗濯物を洗っていると、川上から何かが流れてきました。

どんぶらこ、どんぶらこ。

水面を揺らして近づいてくるのは、一つの桃でした。
お婆さんは手を止めて、それをじっと見つめました。 どんぶらこという音からとっても大きな桃を想像しましたが、けれどお婆さんの目の前に流れてきたのは、片手でひょいと掴めそうな、ごく普通の大きさの桃でした。

「あらあら、可愛らしい桃だこと」

お婆さんは微笑んで、その桃を拾い上げました。 熟れ具合もちょうどよく、甘そうな香りが鼻をくすぐります。
奇跡のような大きさではないけれど、今日のおやつには十分です。

「お爺さんと半分こにして食べましょうかね」

お婆さんはその小さな桃を、大事に手ぬぐいで包むと、足取り軽く家へと帰りました。
それは、何気ない日常の、ほんの小さな幸せでした。
第2話 若返りの桃
投稿者: 冬至梅
お婆さんは家に戻ると、早速手ぬぐいから桃を取り出しました。包丁を手に取り、そっと桃に刃を入れると、桃はみずみずしい香りを広げて二つに割れました。

 ちょうどその時、お爺さんが芝刈りから帰ってきました。

「婆さんや、戻ったぞ」

 声をかけながら戸を潜ると、お爺さんは香りに気づいて目を丸くしました。

「おや、美味そうな桃ではないか」

「川で拾ったんですよ。二人で食べましょうね」

 お婆さんが差し出した桃の半分を、お爺さんは嬉しそうに受け取り、二人は笑い合いながら桃を口に運びました。柔らかい果肉の甘みが口いっぱいに広がり、二人は思わず顔を見合わせます。

「こりゃあ、美味い桃じゃ……」

「ええ……なんだか、不思議なほどに」

 その夜、二人はいつもよりも深く眠りにつきました。

***

 翌朝、鳥の声が響く頃。お婆さんはいつものように目を覚ましましたが、自分の手元を見て息を呑みました。

「これは……!どういうことじゃ……?」

 シワが無くなり、肌は張りを取り戻し、まるで嫁入り前の姿に戻っているのです。急いで隣を見ると、お爺さんもまた目を見開いていました。

「婆さんや……!わしはまだ夢の中におるのか?」

「いいえ、お爺さん……!ですが、どう見ても若い頃の姿です」

 二人はしばらく呆然としていましたが、やがて昨日食べた桃を思い出しました。普通の桃に見えましたが、あの不思議な甘さ。二人は顔を見合わせ、静かに頷きました。

「……あの桃は、きっと天からの贈り物だったのじゃろう」

「ええ、私たちにもう一度生き直せという、お告げかもしれませんね」

 その日から二人は、若返った身体で改めて仕事に励み、村の人々からは驚きと羨望の目で見られるようになりました。

***

 それから数年の月日が流れました。

 若返ったお爺さんとお婆さん――今では再び名前で呼ばれるようになった「藤兵衛とうべえ」と「おね」の家には、新たな笑い声が生まれていました。おねが大切そうに抱いているのは、まだ幼い娘です。

「藤兵衛どの、この子もよく笑うようになりましたね」

「おう、おね。まるで陽だまりのようじゃ」

 二人は娘に「もも」と名付けていました。あの日、川上から流れてきた桃――二人に若さを与え、新たな命を呼び寄せた不思議な贈り物にちなみ、心からの感謝を込めて。

 こうして藤兵衛、おね、そしてももの三人家族は、穏やかな日々を過ごしていたのです。
第3話 秘めたる決意
投稿者: あさり
あれから数年の時が流れました。

藤兵衛とおねの愛情を一身に受けて育ったももは、村の誰もが振り返るような美しい娘へと成長していました。

黒髪は艶やかに輝き、その瞳は澄んだ湖のように深く、優しさを湛えています。けれど、その優しさの奥底には、曲がったことを決して許さない、凛とした強さが秘められていました。

ある日のこと。ももは村の広場で、商人たちがヒソヒソと話しているのを耳にしました。

「聞いたか?また隣村の蔵が破られたそうだ」
「ああ、なんでも沖にある鬼ヶ島に住み着いた悪党どもの仕業らしいな」

鬼ヶ島。
それは、ここから海を隔てた先にある孤島です。最近、そこに凶暴な集団が住み着き、近隣の村を襲っては食料や金品を奪っているというのです。
怯える村人たちの顔を見て、ももの胸は締め付けられるように痛みました。

(お父様もお母様も、村のみんなも…こんなに毎日一生懸命生きているのに)

穏やかな日常を脅かす理不尽な暴力。それが許せませんでした。
その夜、ももは鏡の前で長く伸ばした髪を見つめ、静かに、けれど固く決意しました。

「私が、行きます」

誰に言うわけでもなく、小さくつぶやく。
ですが、か弱い娘の一人旅となれば、鬼退治どころか、道中でどんな危険に遭うかわかりません。

ももは、箪笥の奥から古びた旅装束を取り出しました。それは藤兵衛が若かりし頃に着ていたものです。
着慣れない袴に足を通し、豊かな黒髪を高い位置で結い上げます。
鏡の中に映ったのは、美しい娘ではなく、意志の強い眼差しをした一人の若者の姿でした。

「…今日から、私の名は『桃太郎』」

愛する家族と村を守るため、ももは――いいえ、桃太郎は、愛用していた短刀を懐に忍ばせ、静かに部屋を後にしました。
第4話 不思議な出会い
投稿者: 冬至梅
もも改め桃太郎は、夜明けの薄明かりを背に家を後にしました。

 海までは、それなりの道のりがあります。それでも若さと気力に任せて進めば、日が暮れる前に辿り着けるだろう――そう考えていました。
 けれど、現実はそう甘くありません。太陽は高く昇ったかと思えば、すぐに傾き始め、あっという間に山影へ沈んでいきました。

「……今日は、ここまでのようね」

 桃太郎は小さく息をつき、周囲を見回しました。少し離れた竹林の奥に、朽ち果てた古い寺があります。屋根瓦は落ち、柱も傾いていますが、雨風を凌ぐ程度にはなりそうです。

 そこで夜を明かすしかない――そう思い、足を向けた時でした。

「お若いの。こんな山奥で野宿かい?」

 掠れた声がして振り返ると、白髪の年老いた老婆が立っていました。背は小さく、杖をついているものの、その目には不思議な光が宿っています。

「あ……いえ、その……野宿のつもりではありませんが……」

 桃太郎は慣れない男の口調で答えます。

「ほう、旅慣れておらんようじゃのう。ここらは獣も出る。廃寺に一人で寝るには危ういわ」

 老婆は笑いながら近づいてきます。桃太郎は慎重に距離を保ちました。幸い、男装していることにも、旅の目的にも気づかれた様子はありません。

「わしの家が、すぐそこじゃ。こんな崩れかけた寺で寝るより、よほど心強いぞい。ほれ、ついて参れ」

 老婆はゆっくりと竹林の方へ歩き始めました。桃太郎は一瞬迷いましたが、夜の山で灯りもなく過ごすよりはマシだと考え、後を追いました。
第5話 日ノ本一のきび団子
投稿者: 冬至梅
老婆の家は、竹林の奥にひっそりと建っていました。

「さあさ、遠慮せんと入りなされ」

 桃太郎が戸をくぐると、土間の奥には小さな囲炉裏いろりがあり、湯気の立つ鍋がぐつぐつと音を立てています。
 老婆は手際よく椀を取り出し、雑炊をよそって差し出してきました。

「それと……これじゃ」

 皿に並べられたのは、素朴なきびの団子でした。

「これはのう、日ノ本いちの黍団子じゃ」

桃太郎は目を丸くします。

「それほどに?」

「ほほほ、自惚うぬぼれで言うておるのではないぞ。
 昔、お稲荷さまが夢枕に立ってのう……わしに作り方を教えてくれたんじゃ。一つ食うだけで千人力ぞ」

 言われるままに一つ口に入れると、ほのかな甘みと香ばしさがあり、疲れがふっと軽くなるような気がしました。

「……誠に、力が湧いてくる気がいたします」

「そうじゃろう、そうじゃろう。若い者にはよう効くんじゃ」

 老婆は満足げに頷くと、続けて言いました。

「明日、ここを出るのじゃろう? その時は、この団子を持っていくとええ。旅にはきっと役に立つぞい」

 桃太郎は深く頭を下げました。

「ありがとうございます。でしたら……手伝わせていただきます」

「おお、それは助かるのう。せっかくじゃから、ようけ作っておこう」

 それから二人は並んで団子を作り始めました。言葉は少ないけれど、不思議と心の落ち着く時間でした。

 こうして、桃太郎の旅の始まりの夜は、更けていくのでした。
第6話 暴れ犬の健
翌朝、ももは老婆に深々と頭を下げました。
「お婆さん、本当にありがとうございました」
腰に提げた袋には、昨日二人で作った黍団子がたっぷりと詰まっています。そのずしりとした重みは、老婆の優しさそのもののようでした。
「気をつけてな。無理はするんじゃないよ」
老婆の温かい見送りを受け、もも(桃太郎)は再び歩き出しました。

山を下り、街道に出ると、人の往来が増えてきました。
しばらく歩いていると、前方の辻で怒号が響き渡りました。
「おい、どこに目をつけて歩いてやがる!」

見れば、派手な着物を着流した若い男が、行商人の荷物を蹴り飛ばしています。
「俺様の着物に土埃がかかっただろうが。どう落とし前つけるつもりだ、あぁ?」
男の腰には立派な太刀。整った顔立ちをしていますが、その瞳は飢えた獣のようにギラついていました。周囲の人々は遠巻きに見て見ぬふりを決め込んでいます。

(…許せない!)

ももの胸の奥で、義憤の火が燃え上がりました。
自分が男装の旅人であることも忘れ、二人の間へ割って入ります。
「やめないか!」

凛とした声が響きました。男は蹴り上げた足を止め、不快そうに桃太郎を睨みつけます。
「あぁ? なんだお前は。この村の領主の息子、犬飼健様を知らねぇのか」
「領主の息子が聞いて呆れる。弱い者をいじめて恥ずかしくないのか」

ももが気丈に言い放つと、健は鼻で笑い、ゆっくりと太刀の柄に手をかけました。
殺気が肌を刺します。ももは懐の短刀に手をやりますが、武術の心得などないその指先は、恐怖で微かに震えていました。
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