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ファントム・オブ・ジ・オペラ

制作者: 冬至梅
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員 | 完結数: 50話で完結

概要

第1話 プロローグ
冬至梅
2025年12月04日 12:13 | 73
***

 1880年、冬の気配が濃く垂れ込めるパリの明朝、重々しい馬車がガルニエ宮の石畳を震わせながら止まった。巨大なオペラ座の外壁は薄靄に包まれ、まるで眠りから覚めきらぬ巨獣のように静かであった。新任支配人アマンド・モンチャミンとファーミン・リチャードは、冷気を払いながら馬車を降り、その後に若き出資者ラウル・シャニュイ子爵が続いた。華奢な外套を翻したラウルの瞳は、まだ見ぬ舞台の輝きと新たな責務の重さの狭間で揺れているようであった。

 扉が軋む音とともに、黒衣に身を包んだ細身の女性が、まるでそこに溶け込んでいたかのように姿を現した。深い影のような瞳を持つその女は、恭しく頭を垂れた。

「お待ちしておりました、モンチャミン様、リチャード様、そしてシャニュイ子爵。私、バレエ指導を務めておりますジリーと申します。」

 その低く柔らかい声には、どこか秘密を抱えた者の響きがあった。三人をロビーへと案内する彼女の足取りは、薄暗い広間に漂う冷たい空気を避けるように滑らかで、ラウルはふと背筋をすくめた。幾千もの観客を魅了するこの宮殿は、今は不気味な沈黙に支配されていた。

 マダム・ジリーは立ち止まり、黒いレースの手袋をはめた指で封蝋の施された一通の手紙を差し出した。赤い蝋には奇妙な印が押されており、まるで外気よりもなお冷たい気配を帯びている。

「……お三方へ。こちらを、ある方より預かっております。」

 受け取ったリチャードが封を切ると、紙面には端正な筆致でこう記されていた。

《私こそがオペラ座の真なる支配者である。
 ゆえに、毎月二万フランを支払うこと。
 また、五番ボックス席は常に私のために空けておくこと。
 ——O.G.》

 モンチャミンは鼻で笑い、ラウルは眉を寄せて紙面を覗き込んだ。

「O.G.…? これは一体、誰の略号なのです?」

 その問いに、マダム・ジリーは一瞬だけ視線を彷徨わせ、やがて怯えにも似た静けさを含んだ声で答えた。

「……Opera Ghost——オペラ座の怪人でございます。」

 その名が空気を震わせた瞬間、ラウルは不意に感じた視線に振り返る。しかし廊下の奥には、ただ闇だけが揺らめいていた——まるで何者かが、すでに彼らの到着を待っていたかのように。
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このパートからの分岐 (1)
亡霊からの挨拶

「馬鹿げている!」  新支配人リチャードは手紙を握りつぶし、相棒のモンチャミンと共に鼻で笑った。...

蒼月(そうげつ) 蒼月(そうげつ)
12/04 22:37
全階層の表示(8件)
第1話 プロローグ 冬至梅 0 74
・***  1880年、冬の気配が濃く垂れ込めるパリの明朝、重々しい馬車がガルニエ宮...
第2話 亡霊からの挨拶 蒼月(そうげつ) 1 75
・「馬鹿げている!」  新支配人リチャードは手紙を握りつぶし、相棒のモンチャミン...
第3話 エンジェル・オブ・ミュージック 冬至梅 0 64
・同じ頃、支配人室のざわめきなど遠い世界のことのように、コーラスガールの楽屋には静...
第4話 疑惑の眼差し 蒼月(そうげつ) 1 70
・手紙をドレスのポケットの奥深くへ押し込むと、クリスティーヌは音を立てないように楽...
第5話 冬至梅 0 65
・クリスティーヌは、涙が滲む視界のまま階段を駆け降りた。ようやく辿り着いたのは、地...
第6話 支配人のオフィス 冬至梅 0 58
・翌朝、玄関ホールの大理石には灰色の朝靄がうっすらと纏わりついていた。アマンド・モ...
第7話 秘密の代償 蒼月(そうげつ) 1 74
・手紙を手に取ったモンチャミンは、一瞬だけ眉をひそめた後、声に出して読み上げた。...
NEW 第8話 ラウルの葛藤 冬至梅 0 61
・若き子爵は、はっと息を呑むと、影のように身を翻し、階段を駆け下りた。やがてロビー...
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