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ファントム・オブ・ジ・オペラ

制作者: 冬至梅
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員 | 完結数: 50話で完結

概要

第3話 エンジェル・オブ・ミュージック
冬至梅
2025年12月05日 14:26 | 63
同じ頃、支配人室のざわめきなど遠い世界のことのように、コーラスガールの楽屋には静謐な空気が満ちていた。大きな鏡と古い譜面台、そして微かな蝋燭の光。その中央で、栗色の髪を肩に垂らした若い娘がひとり、まるで祈りの儀式を捧げるように歌っている。
 クリスティーヌ・ダーエ——父を失い、今はオペラ座に住み込みの団員として暮らす孤独な少女。だがその歌声だけは、孤独の影からそっと解き放たれるかのように清らかであった。

 彼女の胸中では、細く、熱く、ひたむきな思いが揺れていた。

 ——どうか、届きますように。
 ——わたしの「天使様」に、この声が届きますように。

 夜ごとどこかから囁きかけ、姿なきまま道を示してくれる“誰か”。クリスティーヌにとって唯一の導きであり、父の亡きあと、誰よりも心を寄せられる存在。彼女はその声に救われ、鍛えられ、いつしか「音楽の天使」と信じるようになった。

 最後の高音をそっと空気に溶かした時、練習の余韻が静かに消えていく中で、クリスティーヌは息をついた。額にわずかな汗が滲み、胸が高鳴ったまま落ち着かない。うまく歌えただろうか。今夜も、天使様に応えられるだろうか——。

 その時だった。楽屋の扉と床の隙間に、細長い影が差し込んでいるのに気づいた。紙だ。誰かが置いていったのだと理解した瞬間、クリスティーヌの心臓は跳ね上がった。まさか、と震える指で拾い上げると、思った通り、封蝋には見慣れた印章が刻まれている。

 喉がひとりでに鳴り、彼女は封を切った。淡く黄ばみかけた上質紙には、端正な筆致でこう記されていた。

《私のクリスティーヌ。
 今宵のレッスンは、一つの分かれ目である。
 君の歌声に、天へ羽ばたく翼が備わったか——
 あるいは、まだ母鳥の庇護を離れられぬヒナにすぎないか。
 それを審査させてもらう。
 いつものように、世界が寝静まった頃、楽屋にて待つ。
 ——音楽の天使》

 胸が熱く締めつけられる。「天使様……」と名を呼ぶ声は、震えながらも確かな喜びを帯びていた。
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このパートからの分岐 (1)
疑惑の眼差し

手紙をドレスのポケットの奥深くへ押し込むと、クリスティーヌは音を立てないように楽屋を抜け出した。 深...

蒼月(そうげつ) 蒼月(そうげつ)
12/06 21:56
全階層の表示(8件)
第1話 プロローグ 冬至梅 0 73
・***  1880年、冬の気配が濃く垂れ込めるパリの明朝、重々しい馬車がガルニエ宮...
第2話 亡霊からの挨拶 蒼月(そうげつ) 1 75
・「馬鹿げている!」  新支配人リチャードは手紙を握りつぶし、相棒のモンチャミン...
第3話 エンジェル・オブ・ミュージック 冬至梅 0 64
・同じ頃、支配人室のざわめきなど遠い世界のことのように、コーラスガールの楽屋には静...
第4話 疑惑の眼差し 蒼月(そうげつ) 1 70
・手紙をドレスのポケットの奥深くへ押し込むと、クリスティーヌは音を立てないように楽...
第5話 冬至梅 0 65
・クリスティーヌは、涙が滲む視界のまま階段を駆け降りた。ようやく辿り着いたのは、地...
第6話 支配人のオフィス 冬至梅 0 58
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第7話 秘密の代償 蒼月(そうげつ) 1 74
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