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社畜だった俺が異世界で温泉宿を始めたら、なぜか女神と魔王が常連客になりました

制作者: Zelt
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員

概要

第10話 勇者パーティと魔王様の不在
Zelt
2026年01月13日 15:24 | 16
昼下がり。
陽光が湯気を金色に染める時間帯。

玄関が開いた。

「よう、店長。また世話になる」

勇者だ。
銀の鎧は前より輝いてる。傷もない。
後ろに、二人の影。

「あら、素敵な温泉宿ね」

一人は女性。
深い青のローブに、とがった帽子。
魔法使いか。長い黒髪が背中で揺れてる。

「勇者殿がずっと『いい湯だ』って言うから、気になってたんですよ」

もう一人は男性。
白い法衣。優しそうな顔。癒し手——ヒーラーだな。

「今日は仲間も連れてきた。三人分、頼めるか?」
「あ、ああ……。どうぞ……」
俺は三人を男湯へ案内した。

 ◆

「パーティ、増えたんだな」

湯上がりの勇者に、なんとなく聞いた。
縁側で、三人並んで温泉饅頭を食ってる。

「ああ。魔王軍を倒すには、一人じゃ限界があってな」

魔法使いの女——名前はミラといったか——が、饅頭を頬張りながら言う。
「四天王のゲイルが戦線離脱したって情報、聞きました?」
「……え?」
「なんか大火傷して、動けなくなったらしいですよ。どこで何があったのか、誰も知らないんですけど」

……俺は知ってる。
ていうか、犯人は今、裏で源泉の掃除してる。

「チャンスなんです」
ヒーラーの男——リオって名前だ——が真剣な顔で続ける。
「四天王が一人欠けた今、攻勢に出れば……」
「魔王の首に、手が届くかもしれない」
勇者が静かに言った。
その目には、強い光が宿ってる。

前に来た時のボロボロの姿が嘘みたいだ。
徐々に……パワーアップしてるな、こいつら。

俺は湯呑みを握りしめた。
(いつか……魔王様と戦うんだろうな)
胸がざわついた。
ちょっと心配になる。

……どっちに対して?

 ◆

勇者一行が滞在している間、俺はずっとひやひやしてた。
いつものパターンで魔王様とはち合ったらどうしようとか、四天王たちが仇討ちに来たらどうしよう、とか。

でも——何事もなく、勇者たちは旅立っていった。
「世話になった。また来る」
「ああ……。気をつけてな」
三人の背中が、森の中に消えていく。
俺はほっと息をついた。

……安堵。そのはずだった。

 ◆

一日。
二日。
三日——

「……来ないな」

俺は、魔王様専用のVIP湯船を眺めていた。
湯気だけが、静かに立ち昇ってる。

「魔王さま、最近いらっしゃいませんねぇ」
ユノが隣でのんきに言う。
「ああ……」
「戦争でお忙しいのかも。勇者さんたち、攻めてるみたいですし」
「……そうだな」

俺は湯船の縁に腰を下ろした。
ぬるま湯が、指先を濡らす。

魔王様がいない《ゆのや》。
静かで、平和で——

「……なんか、物足りねぇな」

口から勝手に出た。
ユノが不思議そうな顔で俺を見る。

「店長?」

「いや……なんでもない」

俺は首を振って、立ち上がった。
でも、胸の奥がざわざわする。

 ◆

その夜。
俺は布団の中で、天井を見つめていた。

魔王様の顔が浮かぶ。

漆黒のローブ。
白い肌。
鋭い角。
でも、湯上がりの時は——

「……ふぅ、極楽ね」

って、ちょっと笑うんだよな。あの人。

サウナでトトノった時の、とろけた顔。
マッサージの時の、油断した寝顔。
饅頭を「甘すぎる」って言いながら、結局全部食べる姿。

——かわいい、と思った。

「…………」

俺は布団を頭からかぶった。

(いや待て待て待て)

心臓がうるさい。
なんだこれ。

(え? 俺ってまさか……魔王様のことが……)

ぶんぶんと首を振る。
布団の中が暑い。

(いやいやいや! 世界征服しようとしてる魔王様だぞ!?)

人間を虫けらだと思ってる。
四天王を従えてる。
勇者と戦争してる。

(いくら美人だからって……)

でも、脳裏に浮かぶのは——
「また来るわ」って、ちょっと照れたように言う横顔。

「…………くそ」

俺は枕に顔を埋めた。

眠れない夜が、ゆっくりと更けていく。
湯けむりの向こうに、月だけが静かに浮かんでいた。
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