中津川警部の箸が、カニの身を挟んだまま、空中で停止した。
「……なんだと?」
警部の声が、一オクターブ低く、重くなった。食堂の空気が一瞬で張り詰める。
「だから言ったろ」
長髪の男は、まだ座ったまま、自分のカニをプチプチと剥きながら続けた。演出的には、もうちょっと立ち上がって欲しいところだが、そういうタイプじゃないらしい。
「隣の部屋で、夜中の1時くらいまでガタガタうるさかったんだよ。せっかく温泉で癒されに来たのにさ」
「1時……」
警部がカニの身を皿に戻した。プロの刑事の顔になった。
「君は、なぜそれを今まで黙っていた」
「知らねえよ。誰も聞いてこなかったから」
男は肩をすくめた。
「それに、俺、イヤホンつけて音楽聴いてたから。途中でバッテリー切れて、それで気づいただけだし」
「……名前は」
「小此木 祐二」
警部が素早くメモを取る。この流れ、完全に尋問だ。
「小此木さん。その言い争いについて、もっと詳しく。何か特徴的な言葉はなかったか?」
「あー……『最後の警告だ』とか、言ってたかな」
私(朝霧 遥)は、思わず陽香さんと顔を見合わせた。
最後の警告……?それって、脅迫じゃないですか!?
「声の主は?男か、女か」
「男だな。二人とも」
「二人?」
「ああ。一人は、太めの、ちょっとしゃがれた声。たぶんそれが被害者だろ?」
小此木さんが、警部の顔を見ずに、カニの殻をパキパキ割りながら言う。
「で、もう一人は……若めの男。声が高かった。それと……」
「それと?」
小此木さんは、ちょっと間を置いて、
「足音が変だった」
「足音?」
「ドタドタって、走って逃げてく音がしたんだよ。でもさ、なんていうか……不自然だった」
「どう不自然なんだ」
「リズムがおかしかった。ダダダダッ、じゃなくて、ダッ……ダッ……ダッ、みたいな」
小此木さんは、指で机をトントン……トン……トントン、とリズムを刻んでみせる。
「まるで片足を引きずってるみたいだった」
「……ッ!」
警部の目が、鋭く光った。
「足を引きずって……!」
そして警部は、スッと立ち上がると、食堂の入り口を見回した。
「宿の従業員の方!どなたか!昨夜、足にケガをした宿泊客はいないか!?」
女将さんが、ハッとした表情で、
「あ、それなら……」
「知ってるのか!?」
「はい。昨日の夕方に、お客様の一人が……廊下で転んで足を捻挫されたんです。湿布を持っていきました」
「誰だ!名前を!」
「えっと、確か……」
女将さんが、宿帳を確認しようと振り返ったその時だった。
ガタッ、と椅子が倒れる音。
食堂の奥から、一人の若い男が立ち上がった。
青白い顔。震える手。右足を、わずかに引きずっている。
「……あの、警部さん」
男は、絞り出すような声で言った。
「俺、……話が、あります」
シーン、と静まり返る食堂。
カニの湯気だけが、ゆらゆらと昇っていく。
警部が、ゆっくりとその男に向き直った。
「……話してもらおうか」
スポットライトは、今、彼のものだ。
「……なんだと?」
警部の声が、一オクターブ低く、重くなった。食堂の空気が一瞬で張り詰める。
「だから言ったろ」
長髪の男は、まだ座ったまま、自分のカニをプチプチと剥きながら続けた。演出的には、もうちょっと立ち上がって欲しいところだが、そういうタイプじゃないらしい。
「隣の部屋で、夜中の1時くらいまでガタガタうるさかったんだよ。せっかく温泉で癒されに来たのにさ」
「1時……」
警部がカニの身を皿に戻した。プロの刑事の顔になった。
「君は、なぜそれを今まで黙っていた」
「知らねえよ。誰も聞いてこなかったから」
男は肩をすくめた。
「それに、俺、イヤホンつけて音楽聴いてたから。途中でバッテリー切れて、それで気づいただけだし」
「……名前は」
「小此木 祐二」
警部が素早くメモを取る。この流れ、完全に尋問だ。
「小此木さん。その言い争いについて、もっと詳しく。何か特徴的な言葉はなかったか?」
「あー……『最後の警告だ』とか、言ってたかな」
私(朝霧 遥)は、思わず陽香さんと顔を見合わせた。
最後の警告……?それって、脅迫じゃないですか!?
「声の主は?男か、女か」
「男だな。二人とも」
「二人?」
「ああ。一人は、太めの、ちょっとしゃがれた声。たぶんそれが被害者だろ?」
小此木さんが、警部の顔を見ずに、カニの殻をパキパキ割りながら言う。
「で、もう一人は……若めの男。声が高かった。それと……」
「それと?」
小此木さんは、ちょっと間を置いて、
「足音が変だった」
「足音?」
「ドタドタって、走って逃げてく音がしたんだよ。でもさ、なんていうか……不自然だった」
「どう不自然なんだ」
「リズムがおかしかった。ダダダダッ、じゃなくて、ダッ……ダッ……ダッ、みたいな」
小此木さんは、指で机をトントン……トン……トントン、とリズムを刻んでみせる。
「まるで片足を引きずってるみたいだった」
「……ッ!」
警部の目が、鋭く光った。
「足を引きずって……!」
そして警部は、スッと立ち上がると、食堂の入り口を見回した。
「宿の従業員の方!どなたか!昨夜、足にケガをした宿泊客はいないか!?」
女将さんが、ハッとした表情で、
「あ、それなら……」
「知ってるのか!?」
「はい。昨日の夕方に、お客様の一人が……廊下で転んで足を捻挫されたんです。湿布を持っていきました」
「誰だ!名前を!」
「えっと、確か……」
女将さんが、宿帳を確認しようと振り返ったその時だった。
ガタッ、と椅子が倒れる音。
食堂の奥から、一人の若い男が立ち上がった。
青白い顔。震える手。右足を、わずかに引きずっている。
「……あの、警部さん」
男は、絞り出すような声で言った。
「俺、……話が、あります」
シーン、と静まり返る食堂。
カニの湯気だけが、ゆらゆらと昇っていく。
警部が、ゆっくりとその男に向き直った。
「……話してもらおうか」
スポットライトは、今、彼のものだ。
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