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童話異聞録「浦島太郎」

制作者: A5
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員 | 完結数: 10話で完結

概要

第9話 約束の果て、碧き海
クロマル
2025年12月15日 00:01 | 83
太郎が地上に戻って、3年が経った。

あの時、乙姫は止めた。カメーリアが太郎について行くことを。
でも、カメーリアは譲らなかった。

「わらわも行く」
「ダメです。あなたは——」
「乙姫様の役に立ちたいのじゃ。それに、こやつは愚民じゃからな。一人じゃ何もできん」
「愚民って言うな」

あの日の光景を、乙姫は今でも覚えている。
二人が海面から顔を出して、手を振った姿を。

それから、3年。

制御室の画面には、海洋データが映し出されている。
汚染レベルは、ゆっくりと、本当にゆっくりと下がり続けていた。

「……ギリギリ、許容範囲」

乙姫は呟いた。

約束の3年が経った。
でも。
太郎とカメーリアからの連絡は、ない。

「帰ってくると、言ったのに…」

深海の静寂が、答える代わりに彼女を包んだ。

---

それから、何年。何十年。

海のデータは、年々改善していった。
乙姫が安心できるレベルにまで、回復した。

「…すごい」

制御室で、乙姫は一人呟く。
本当に、やってくれたのだ。あの愚直な漁師が。

でも。
まだ、連絡はない。

「太郎さん……カメーリア……」

長寿の竜宮の民である乙姫にとって、数十年など、瞬きのようなものだった。
でも、人間は違う。
カメーリアも、あの子は——

ピピピッ。

突然、通信装置が鳴った。

乙姫の心臓が、跳ねた。
震える指で、画面に触れる。

『——乙姫様。カメーリアです』

「……!」

---

海面。
夕焼けが、空を赤く染めている。

乙姫が浮上すると、そこには小さな船があった。
ボロボロの、漁船。

甲板の上に、二つの影。

一つは、小さなミドリガメ。
もう一つは——

「……太郎さん」

乙姫の声が、震えた。

甲板に座っていたのは、皺だらけのお爺さんだった。
腰は曲がり、白髪が海風に揺れている。

でも、その目は。
あの時と同じ、真っ直ぐな瞳をしていた。

「おお…乙姫様か…」

老いた声。
でも、優しい声。

「変わらず美しいですのぅ。…まるで竜宮城に行ったのが昨日のようじゃ…」
太郎は、皺だらけの手で、乙姫の手を握った。

「どうですかのぉ。カメーリアは……破壊兵器にならずに済みますかのぉ」

乙姫は、何も言えなかった。
涙が、溢れた。

長い年月を経ても変わらない自分の姿。
あっという間に老いてしまった太郎の姿。

その対比が、あまりにも残酷で。

「太郎さん……っ」

乙姫は老いた太郎を抱きしめた。

「ありがとう……ありがとうございます……っ」

「おお、おお。泣かんでくだされ」
太郎は、乙姫の背中を優しく叩いた。

「カメーリアも、頑張りましたぞ」
「…うむ。太郎も、太郎もよう頑張った」

小さな声で、カメーリアが答えた。
いつもの偉そうな口調は、どこかに消えていた。

夕日が、三人を照らしている。

時は流れた。
世界は変わった。

でも。

「太郎さん……もう、休んでください」

乙姫の言葉に、太郎はにっこりと笑った。

「いやいや。まだまだ、やることがありますぞ」

「もう、十分です」

「十分じゃないですわい。わしはまだ……」

太郎の言葉が、途切れた。

「太郎?」

カメーリアが、太郎の顔を覗き込む。

老人は、静かに目を閉じていた。
穏やかな顔で。

まるで、眠るように。

「……太郎さん」

乙姫の声が、震えた。

夕焼けの海が、波の音だけを響かせていた。
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