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童話異聞録「浦島太郎」

制作者: A5
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員 | 完結数: 10話で完結

概要

第10話 玉手箱
クロマル
2025年12月01日 15:45 | 109
波の音が、遠くに聞こえる。ザザァ、ザザァ……。

太郎は、震える手で砂を払った。目の前には、もうあの巨大な姿はない。いるのは、甲羅にヒビが入った、手のひらサイズのミドリガメだけだった。

「おい……カメーリア」

太郎がそっと指でつつく。冷たい。いつもなら「気安く触るな!」と怒鳴り散らすはずの声が、返ってこない。

「……う、うう……」

カメーリアが、うっすらと目を開けた。その黒い瞳は、どこか焦点が合っていない。

「……無事か、太郎……」
「ああ、無事だよ。お前のおかげでな」
「そうか……それは、よかった……」

カメーリアが、苦しそうに息を吐く。その視線の先に、小さな箱が転がっていた。幾何学模様が刻まれた、金属とも木ともつかない不思議な小箱。さっきまで、こんなものはなかったはずだ。

「これは……?」

太郎が拾い上げる。ずしりと重い。

「……土産じゃ」
カメーリアが、ニヤリと笑ったように見えた。
「ドックを出る時……あやつの部屋から……くすねてやったわ……」

「お前……こんな時に、何やってんだよ」

太郎の目から、涙がこぼれた。ボロボロの体で、命がけで脱出して、それで盗んできたのが小さな箱一つ。あまりにもカメーリアらしくて、太郎は泣きながら、噴き出した。

「はは……バカ野郎。本当、お前は……」
「ふん……わらわは、エリート……だからな……」

カメーリアの声が、どんどん小さくなっていく。

「太郎……」
「なんだ」
「海は……広かったか……?」
「ああ。広かったよ。めちゃくちゃ広くて、綺麗だった」

「そうか……。わらわも……もっと一緒に……泳ぎたかった……のぅ……」

カメーリアの瞳から、光が消えた。小さな頭が、ガクリと砂に落ちる。
動かない。もう二度と、あのアホみたいに偉そうな声は聞こえない。

「……カメーリア?」

返事はない。ただ、夏の太陽がジリジリと砂浜を焼いているだけだ。

太郎は涙をぬぐうと、カメーリアの横に転がっていた箱を手に取った。あいつが最期に残した、命がけの戦利品。乙姫が大事にしていたものなら、きっととんでもないものに違いない。もしかしたら、カメーリアを治す薬かもしれない。

「開けるぞ……カメーリア」

太郎は、震える指で留め金を外した。パカリ。蓋が開く。

その瞬間。

プシュゥゥゥゥゥ……。

箱の中から、真っ白な煙が吹き出した。冷たくて、どこか懐かしい匂いのする煙。それは一瞬で太郎の顔を包み込み、視界を真っ白に染め上げた。

波の音が、遠のいていく。意識が、白く、白く溶けていく。

ああ、そうか。これが、竜宮城からの贈り物。

煙の向こうで、カメーリアが笑った気がした。
※ このルートは完結しました
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