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童話異聞録「桃太郎」

制作者: A5
小説設定: | 連続投稿: | 投稿権限: 全員 | 完結数: 15話で完結 | 文字数制限: 4,000文字

概要

第5話 恩返し
クロマル
2026年01月08日 11:40 | 38
三人は山道を歩いていた。

木漏れ日。苔むした岩。遠くで鳥の声。

「なあ、鬼ヶ島ってどっちだ?」
「海の向こうだ。まずは海を目指す」
「海かあ。見たことねえな」

金太郎が鉞を肩に担ぎ直した時、かぐやが足を止めた。

「……聞こえる」
「何が?」
「声。苦しんでいる」

藪の奥。
白い羽が、ばたばたと揺れていた。

「鶴だ」
一寸坊が目を凝らす。
細い縄が足に絡みついている。罠だ。

「可哀想に……」

かぐやが近づくと、鶴は怯えて暴れた。
羽が乱れる。赤い血が白に滲む。

「静かに。助けるから」

かぐやの声は、水のように澄んでいた。
鶴の動きが止まる。

「金太郎、縄を」
「おう」

太い指が、意外なほど器用に縄をほどいた。

「よし、取れた」
「……」

鶴はじっとかぐやを見つめた。
黒い瞳。どこか人間のような光。

「お腹、空いてるんじゃないか」

一寸坊が黍団子を差し出した。
鶴は一瞬躊躇い、それから静かについばんだ。

「元気になれよ」

金太郎が頭を撫でる。
鶴は一声鳴いて、空へ飛び立った。

白い影が、青に溶けていく。

「行っちまったな」
「うん。でも、良かった」

◆◆◆

日が傾いてきた。

「やべえ、道分かんなくなった」
「金太郎が変な方に行くからだ」
「お前が『こっちが近道』って言ったんだろ!」
「言ってない」
「言った!」

かぐやが静かに歩みを止めた。
木々の隙間から見える空は、もう紫色だった。
風が冷たくなってきている。

「野宿か?」
「寒いな……」

その時、木立の向こうに、ぽつんと明かりが見えた。

「家だ」
「こんな山奥に?」
「行ってみよう」

◆◆◆

古びた小屋だった。
壁は薄く、屋根には穴が空いている。それでも、中から温かな光が漏れていた。

こんこん。

かぐやが戸を叩く。

「……どなた」

細い声。
戸が少しだけ開いて、隙間から白い顔が覗いた。

若い娘だった。
痩せて、頬がこけている。髪は長く、雪のように白い。

「旅の者です。道に迷ってしまって……一晩、泊めていただけませんか」

娘は三人を見つめた。
一寸坊。金太郎。そして、かぐや。

「……どうぞ」

囲炉裏の火。
粗末な夕餉。

「すみません、何もおもてなしできなくて」
「いや、屋根があるだけでありがてえ」
「温かいです。ありがとうございます」

娘は足を引きずっていた。
着物の裾から、赤く腫れた傷が見える。

「足、怪我してるのか?」
「……少し」

娘は視線を逸らした。

「あの」

布団を敷きながら、娘が言った。
「奥の部屋には、絶対に入らないでください」
「なんで?」
「……約束してくれますか」
「おう、分かった」

金太郎はあっさり頷いた。
一寸坊も「分かった」と言った。

かぐやだけが、黙って娘の顔を見つめていた。

◆◆◆

夜が更けた。

とん、からり。
とん、からり。

奥の部屋から、機を織る音が聞こえる。

「……なんだ?」
「機織りだな」

金太郎と一寸坊は眠い目をこすった。
かぐやは起き上がり、静かに立った。

「姉ちゃん?」
「少し待っていて」

かぐやは奥の部屋に向かった。

「おい、覗くなって——」

襖を開ける。
部屋の中。
古い機織り機。

そこにいたのは、白い鶴だった。

自分の羽を抜いて、糸にしている。
美しかった白い羽は、もうほとんど残っていなかった。

「っ……!」

鶴がかぐやに気づいて、翼で顔を隠した。

「見ないで……お願い、見ないで……」
「おやめなさい」

かぐやの声は、静かだった。

「これ以上、自分を傷つけてはいけません」

鶴は——いや、娘の姿に戻った少女は、涙を流していた。

「でも、お礼をしなくちゃ。助けてもらったのに、何もお返しできていない」
「お礼なら、もう十分いただきました」
「え……」
「温かい部屋。囲炉裏の火。それだけで、十分です」

かぐやは娘の手を取った。
冷たくて、細い手。
娘は泣いた。
声を殺して、肩を震わせて。

「恩を返したかっただけなの……」
「なら」

かぐやは微笑んだ。
月のように、静かに。

「私たちの仲間になってください」
「……え?」
「鬼退治に向かう道中です。あなたの力を、貸してほしい」

娘は目を見開いた。

「私なんかの力が……?」
「あなたは空を飛べる。それはとても大きな力です」

襖の向こうから、一寸坊と金太郎が顔を覗かせた。

「仲間、増えるのか?」
「女の子だ。よし、俺が守ってやる」
「金太郎、また余計なこと言う」

娘は三人を見て、小さく笑った。
泣きながら、笑った。

「……お鶴、と呼んでください」
「お鶴さん。よろしくお願いします」
「よろしくな、お鶴!」
「よろしく!」

こうして、四人目の仲間が加わった。

白い羽根が一枚、月明かりの中で光っていた。
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